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ENERGY vol.09(2022年秋号)掲載

PICKUP

地域にロールモデルと好循環を生み出す

行政が主体となって産業変革を推進する

先進的な取り組みを導入する自治体を中心に地域経済・産業振興政策に新しい傾向が見られます。その背景には、産業構造と社会構造の変化があります。

産業構造の変化とは、グローバル化とデジタル化社会が急速に進み、地域の中小企業のビジネス環境が様変わりしてしまったこと。社会構造の変化とは、少子高齢化と東京一極集中の加速により働き盛りの人材が地元に少なくなっていることを意味します。

地域の中小企業はこれまでの産業構造への依存から脱却し、新たな業態にチャレンジする必要があるものの、人手不足で既存事業の維持や世代交代すらままならない状況にあります。この状況を打破するには、行政が積極的に地域経済の活性化に関与し、民間企業と手を携えて産業変革を推進することが重要です。

ロールモデルとなる企業を生み出す

これまで行政による経済産業振興政策は、中小企業に対する融資や補助・助成事業が主たるものでした。融資や補助は、経営を持続させて地域の雇用を維持するうえで短期的には不可欠ですが、産業の先細りへの有効な対策とはいえません。

これからの地域経済の課題は次世代産業の育成です。それは既存産業のイノベーションと、第二創業や新規創業によるスタートアップ創出にわかれます。特に前者を推進するためには、底上げや雇用維持だけでなく、地域経済の牽引者、つまり地域内産業のイノベーション推進のロールモデルとなる企業を生み出すことが、まず必要です。

ロールモデル企業が生まれることで、地域全体の雰囲気が変わります。アクティブなプレーヤーから追随し始め、同様の変革に挑戦する企業が増えていく。このようにして良い循環がつくられるのです。

地域にはアイディアと人材が足りない

事業変革の取組みに共通して不足しているものが2つあります。それはアイディア(情報)と人材です。

お金ではないのかと意外に思われるかもしれません。もちろん、財務に余裕のある中小企業は稀です。しかし日本は、中小企業向けの補助・助成事業が世界的に見ても豊富にあり、クラウドファンディングなどの新しい資金調達手法も確立されつつあります。実際は、これらの仕組みを活用するのに必要なアイディアと人材が不足していることが、本質的な課題なのです。

そこで、地域経済政策の設計においては、新しい事業を立ち上げ、結果につなげるためのアイディア・推進力・意欲を持っている地域外の人材をいかにして巻き込むかという視点を組み入れます。

地域外の人材を巻き込む

図1は、当社が地域経済政策をつくる際に、その土台として使用する地域経済循環モデルです。このモデルには、域内の循環だけでなく、地域内と外との循環が描かれているところに着目ください。地域企業が有する強みや地域資源を磨き上げ、地産外商を推進する役回りとして、地域外の意欲的な人材(UIターン希望者、大手企業の副業・兼業人材、地域プロデュースに関心のあるデザイナーなど)の事業参画を促します。地域の意欲的な中小企業とマッチングさせ、共創と組織化をスタートします。能動的かつ継続的に地域事業に参画する「密度の濃い」関係人口を生み出し、将来的な移住や起業への布石とします。

3つのステップで共創を推進する

とはいえ人材と企業をただマッチングするだけでは、多くの場合その共創事業は頓挫してしまいます。

その理由は三つあり、一つ目は、中小企業側が外部人材とどのように共創すればよいかわからないことです。二つ目は、中小企業と外部人材との間でビジネス経験や事業の進め方などのギャップを埋めるのが難しいことです。そして最後は、お互いにお金にまつわる条件設定や契約の知識が乏しく、結果的に外部人材の活動が長続きしないことが挙げられます。

これらの課題を解決するには共創プロセスのデザインが欠かせません。弊社では、以下の3ステップからなる独自の地域プロデュースメソッドを確立しています。

◆ステップ1:関係者全員の視座を高め、挑戦の機運を高める

最初に、中小企業の経営者や外部人材を対象に、事業広報も兼ねたセミナーやシンポジウムを開催します。そこには全国各地の先駆者をロールモデルとして招き入れ、産業変革の可能性と地域として目指したいビジョンを全員で共有し、意欲的な経営者と外部人材に事業参加を呼びかけます。

ここで重要なことは、期待感の醸成と高い視座の確立です。魅力的な登壇者を集めると期待感は高まりますが、受け身の姿勢になりがちです。これでは、事業が終了した途端に元に戻ってしまいます。事業への期待感をしっかりと高めるだけでなく、本気で現状を変えたい事業者と進める事業であることを随所で強調します。

◆ステップ2:共通言語をつくる

次のステップでは、意欲的な中小企業と外部人材がともに参加し、デザイン経営・事業DX・ローカルSDGsなどのイノベーションの方法論を一緒に実践しながら学ぶワークショップを開催します。

このステップでは単に方法論を学ぶだけでなく、中小企業と外部人材の共創のあり方について、経営者と外部人材が共通認識・共通言語を確立することを目的としています。ワークショップを通して、中小企業の経営課題を明確化するとともに、外部人材一人ひとりの強みや特性を明らかにし、適切なマッチングとチーム作りを進めます。

◆ステップ3:共創事業を自走化する

最後のステップでは、中小企業と外部人材が一体となって立ち上げるプロジェクトに対して、国内外で活躍する専門人材が伴走支援を行います。ここで目指すのは、短期的な事業期間内での成果を生み出すことにとどまりません。事業終了後も中小企業と外部人材による共創事業が自走することが、本来の目的です。

そのためには、小さくとも成功体験を積むこと・事業計画を明確にすること・実行体制を確立すること・そして有機的に拡がるネットワークを構築することがカギとなります。これら4点を各共創事業が達成できるように、行政・事務局・専門人材が協力しながら伴走することで、挑戦が連鎖する事業とチームを生み出せます。

事業立ち上げ時の留意点

最後に、地域経済活性化事業の立上げにあたってよく議論になるポイントをお伝えします。

①公平性と平等性の確保

公共事業は一般的に公平性・平等性が重視されます。とはいえこれは「機会」の公平性・平等性であるべきで、「支援内容」について公平か・平等かにこだわっていては、いつまでたっても地域経済活性化の糸口は掴めません。本気で変わろうとする地域の企業にその挑戦を後押しする機会を公平・平等に提供し、選出した企業に大胆に資源を集中投下して支援します。こうしてロールモデルとなる企業を輩出していくことが、結果的に地域経済全体の活性化が始まります。

②財源の確保

共創型地域事業を実施するには、いうまでもなく一定の予算が必要です。もちろん既存予算には限りがあるとしても、昨今では交付金や企業版ふるさと納税など多種多様な財源確保の手だてがあります。この財源を確保するところからご相談に乗ることも、少なくありません。

③行政の本気が挑戦の連鎖の起点になる

「我が地域に、ヒーローのような経営者はいるのだろうか」と不安に感じる方もいるでしょう。断言できるのは、行政が本気で事業に取り組めば、変革意識の高い企業は必ず応えてくれるということです。経営者も危機感を持っていて、現状を打破するアイディアも実行者となる人材もいない中、一人で悩んでいるのです。事業変革を推進するための具体的なアイディア、段階的に挑戦できる仕組み、支援体制や組織体制、次に繋げる出口戦略。これらのディテールに行政がコミットするからこそ、行政の本気度が中小企業の経営者に伝わり、挑戦がスタートします。

文/澤田 哲也

ミテモ株式会社代表取締役。株式会社インソース取締役。神戸大学法学部卒。採用コンサルティング企業を経て、2007年インソースに入社。2012年よりミテモ株式会社の経営に従事。映像やワークショップを活用して、社会価値と経済価値を両立するCSV経営導入や理念浸透支援実績多数。2016年からは地方創生事業にも取り組む。

支援事例
名古屋市 FUXION(フュージョン)

名古屋の中小ものづくり企業に向けた、デザイン経営を活用した新規事業開発の実践プログラム。
ミテモは本事業の運営を2020年から担当しており、今年は3年目にあたる。

地場のものづくり中小企業が中心となり、東海地域で働くビジネスパーソンやデザイナーらの外部人材とチームを組んで、事業づくりのプロジェクトに取り組む。新規事業のビジョンづくり、強みの棚卸し、ペルソナの設定、デザイン思考による顧客価値作りなどを複数回のワークショップを通じて深めていき、最終的には事業を自走させられる状態の実現を目指す。

▼行政担当者の声

まず実感したのは、事業者の皆さんの想像を超えた危機感の強さでした。変わらなければいけないという熱い想いをもって参加いただいているので、行政としてもしっかり応えたいという思いで取り組んでいます。また、中小ものづくり企業さんが新しいことにチャレンジされているのがとてもよいですね。ビジネスパーソンやデザイナーも、どのように伴走すればよいか、どのように協働すればよいかを、このプラットフォームを通して学び、実践していただいています。全体としてよい方向に向かっているのがよく分かります。

この事業が終わったときに、どうなっていたいか。それは事業が終了した後も、事業者が自走できるエコシステムができ、この地域の文化になることです。ものづくり事業者やデザイナー、ビジネスパーソンが、「自分たちが世の中に価値を提供するんだ」という意志を当たり前にもち、その想いに共感する人たちの力が結集した、新しいことにチャレンジするムードが常に充満している状態をつくりたい。このFUXIONというプラットフォームが、その活動の土壌として機能していくことを、名古屋市としても目指していきたいです。

名古屋市経済局イノベーション推進部次世代産業振興課

主査(当時)中西 晶嗣 氏

同課主事(当時)島田 俊英 氏

▼FUXION事業者の声

自動車部品の鋳造用の木型を製造するのが、元々の事業でした。FUXIONで改めて自社のビジョンを問われ、掘り下げていった結果、ただ部品をつくるのではなく「なんのためにどのように機能させるか」を考え抜いて、顧客にそれをコンサルティングできることが、モリタの大切な知見だと気づきました。その気づきが、プロトタイプ製作のコンサル&製造支援サービス「MO-RITA」という新規事業に結実しました。

自分の考えそのものがガラリと変わったのが、FUXIONに参加した最大の収穫です。製造業は、モノがあふれている今の世の中では、活躍の場をすぐに見つけるのが難しい。そのことに気づかせてもらえたんです。新しい価値を作り出したり、既存のモノをもっと便利にしたり、なにか変化を起こしていかなきゃいけないんだと。

また、FUXIONならではの、違った商売の違った考え方を持っていらっしゃる方々との交流によって、新たな視点をたくさん得られました。同じ業界の人とばかり話していると、同じ技術のなかでの優劣の話になりがちです。FUXIONでは、「その技術があるならこれをやってくれませんか」というように、どんどんつながり広がっていくんです。この経験から、自分はいかに視野が狭かったかを気づかされました。

株式会社モリタ

代表取締役(当時)森田 裕二 氏

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2022 AUTUMN

Vol.09 地域に挑戦の連鎖を生み出す

Vol.9は「地域に挑戦の連鎖を生み出す」がテーマです。インソースグループのミテモ株式会社では、地場企業と想いを共有する自治体・官公庁の皆様と共に、地域経済を元気にするという難題に挑み、着実な成果をあげてきました。本号ではその豊富なソリューション実績をご紹介します。

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2024 SPRING

Vol.13 リスキリングの今

vol.13は「リスキング」がテーマです。ビジネスパーソンへの教育で今注目されている「リスキング」。激動の時代に対応するためにも、組織が理想とするリスキングを確立させていくことが求められます。 本誌では、組織、個人、人事・研修担当それぞれがリスキングをどのように捉えているのか、アンケート調査などから浮彫にしていきます。

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