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患者の尊厳か安全か~看護師が直面する倫理問題と判断力を高める、5つの倫理原則と考え方

看護の現場では、日々さまざまな価値観が交錯します。患者の尊厳を守ること、チーム医療の一員としての責任を果たすこと、安全な医療の提供。これらの要素が一致するとは限らず、看護師が判断に迷う場面は少なくありません。

本記事では、看護師が知っておくべき倫理原則と、現場で直面しやすい倫理問題の事例、さらに組織としてどう判断力を高めていくかについて、元看護師として現場で感じた葛藤や学びを踏まえ、一つの考え方としてお伝えします。

看護倫理の基本原則を理解する

5つの倫理原則とは

看護倫理の基盤には、「自律尊重」「善行」「無危害」「公正・正義」「誠実・忠誠」という5つの原則があります。

  1. 自律尊重
    患者が自分の価値観や意思に基づいて決定した内容を尊重すること。

    治療の選択肢やメリット・デメリットをわかりやすい言葉で説明し、患者が納得して選べるよう支援する。

  2. 善行
    患者に利益をもたらし、健康や生命を守るために最善の医療・看護を提供すること。

    看護師の人手不足を理由にオムツを着用させるのではなく、車椅子移乗を介助してトイレに行けるよう支援する。患者にとって最善の方法を選び、尊厳と日常生活動作(ADL)を守ることを優先する。

  3. 無危害
    患者に身体的・精神的な危害や不必要な苦痛を与えないこと。やむを得ず侵襲(しんしゅう)的な医療行為(手術や注射など)を行う場合は、その影響を最小限に抑えること。

    医療処置やケアによる不要な負担や苦痛を避ける。

  4. 公正・正義
    すべての患者に公平・公正に対応し、医療資源を適切に配分すること。

    ナースコールが同時に鳴った場合、的確な観察やアセスメントに基づき、緊急度を判断して優先順位を決める。

  5. 誠実・忠誠
    看護師としての役割を果たし、約束や守秘義務を守ること。

    患者情報を目的外で他人に話さない。患者や医療職者間で虚偽の発言や、データの改ざん、騙すなど不誠実な態度を取らない。

倫理原則は、患者の権利を守り、看護師が行動を選択する際の基準となるものです。しかし、現場ではいくつかの倫理原則が相反する状況が生じます。

倫理問題が生じる背景

倫理問題は、看護師個人の判断力不足だけが原因ではありません。

多くの場合、患者の自律尊重と安全確保(無危害)など、倫理原則同士が対立する状況が背景にあります。さらに、看護業務の忙しさや時間的制約、人員不足といった現場の負担も影響します。こうした要因により、「どちらを優先すべきか」迷う場面が生じます。

したがって、看護師個人だけで対応するのではなく、組織として倫理的判断を支える体制づくりが不可欠です。

現場でよくある倫理問題と考え方

同じ患者が何度もナースコールを押す場合

背景には不安や孤独感があることが多いです。しかし、対応に時間を割くと他の患者へのケアが疎かになる恐れがあります。

■善行VS公正・正義

善行:不安を軽減し、その患者に最善のケアを提供したい
公正・正義:すべての患者に公平に対応する必要がある

考え方:不安の原因を探ることでナースコール頻度を減らす。日中のコミュニケーションや環境調整など非医療的アプローチも有効。

本人の希望と治療方針の不一致

患者が治療を拒否する場合、意思を尊重すべきか、健康を守るために説得すべきか迷います。

■自律尊重VS善行

自律尊重:患者の意思を尊重する
善行:患者の健康を守るために最善を尽くす

考え方:インフォームド・コンセントを徹底し、理解度を確認。医師・看護師・家族で情報共有し、患者が納得できる選択をするために、看護師は「理解の橋渡し役」として機能する。

嫌がる認知症患者への身体拘束

認知症患者が身体拘束を拒む場合、尊厳を守るか、安全を優先するかという葛藤が生じます。

■自律尊重VS無危害

自律尊重:拘束を避け、患者の意思を尊重する
無危害:転倒やルート類の自己抜去(じこばっきょ)などの危険を防ぐ

考え方:拘束が本当に必要かを検討し、代替策(転倒防止クッション、見守り体制強化)を優先。やむを得ず拘束する場合も、時間を最小限にする工夫を行う。

このような場面で重要なのは、どの価値を優先するかをチームで話合い、共有する姿勢です。現場の判断だけでなく、倫理委員会や多職種カンファレンスでの検討を行うことが、看護師を守る手段にもなります。

倫理的判断力を高めるための組織的アプローチ

ディスカッションの重要性

倫理問題に直面した際、即座に「正解」を出せる人はいません。重要なのは、日常的に事例を共有し、価値観の違いを議論する機会を設けることです。倫理カンファレンスやグループディスカッションを通じて、看護師一人ひとりの判断力を鍛えることができます。

また、多職種カンファレンスで情報共有や意見交換を行うことで、異なる立場の視点を理解でき、組織全体の倫理水準を高めることにつながります。

組織の支援体制を整える

看護師の倫理的判断を支えるには、個人の努力だけでは不十分です。倫理委員会の設置、倫理相談窓口の整備、ケース検討会の定期開催など、組織的な仕組みを構築することが求められます。こうした体制があることで、現場で迷った際に相談できる環境が整い、看護師を守ることにもつながります。

倫理的判断力は経験と対話で育つ

看護倫理の問題は、避けることのできない現実です。重要なのは、チームでカンファレンスを重ね、患者にとって最善の選択を模索し続ける姿勢です。看護師一人ひとりが倫理的な視点を養い、組織として支え合うことで、より質の高い医療・看護の提供が実現します。

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