銀子の一筆

幻のコロッケ

新米の季節だが、古米が残っていたのでモチ米を足して栗ご飯にした。小振りで細いわりに高値だが、迷った挙句やはりサンマを買ってしまった。一応秋の食卓だが、かつての丸々と太って焼くと脂がはじけ飛ぶようなサンマが恋しい。研究が進んで、再会できるといいなあ。

日本には四季があり、国土が南北に長いため、それぞれの地方や季節にそれぞれの文化と味覚がある。この時季には○○地方の△△と、旅の目的や買い物の目安にもなる。

食料自給率の低い日本でも、輸入によって世界の料理が楽しめる。それらがどんなに贅沢なことなのか、徐々に思い知る時が近づいている気がする。今のうちに感謝して味わっておこう。

◆1ドル360円

私が子供の頃から大人になるまで、22年間も日本は固定為替相場制で1ドル360円が常識だった。デパートやスーパーマーケットはあったが、ちょっと気の利いたお菓子や調理食材・缶詰やシリアルなどの日用食品まで輸入物は置いていなかったので、都心の日本橋や青山の輸入食品店に行かなければ手に入らなかった。

その後、変動為替相場制に移行するとレートは1ドル120円までになり、当時の日本経済の成長率の高さが実感できた。銀座の一等地にある老舗百貨店の正面にアメリカのハンバーガー・チェーンが日本上陸1号店としてオープンした時には、大学のクラブ仲間と出かけて驚きつつ楽しんだ記憶がある。

まだ日本にはフランチャイズの概念も一般的ではなく、ファストフードやコンビニエンス・ストアもなかった。ハンバーガーやホットドッグは、レストランや喫茶店のメニューの一品だった。程なく一気に広まったのだが。

◆商店街を抜けて

それまでの日本の日常生活は商店街に支えられていた。天井からゴム紐で吊るされたザルに売上を入れ、お釣りを出す八百屋さんはもちろん、商店街には書店・文具店・生花店、酒・精肉・鮮魚・パン・ケーキ・下駄・時計・布団などなど、あらゆる店舗が軒を連ねていた。商店街から離れた家には、多くの生鮮品店が御用聞きにきてくれて、不自由はなかった。

小学高学年頃のある日、5歳年長の従兄と何かのお使いに出かけたことがあった。どこに何の用事だったのか忘れたが、どこかの商店街を通る帰り道には精肉店から揚げ物のいい匂いがしていた。

従兄が「おなかが空いただろう。おいしいものをごちそうするよ」と言った。私は母が作る具のたっぷり入った俵型のコロッケも好きだったが、お肉屋さんの具が少ない平たいコロッケも大好きだった。おいしいのは揚げ油にラード(豚脂)を使うからだと母に教えてもらったことがある。

◆世にもおいしいもの

その精肉店には揚げ鍋の横にコッペパンが積まれたトレイとキャベツの千切りが入ったボウルが並んでいて、従兄が注文するとコッペパンにキャベツと揚げたてのコロッケをはさみ、ソースをかけて袋に入れてくれた。

私は買い食いをしたことがなかったので、近くの公園のベンチに座った時もドキドキした。「食べなさい」といわれて食べた揚げたて熱々のコロッケ・熱でシンナリしかけたキャベツ・濃厚なソース・ほの甘いコッペパン、何とおいしかったこと。

こんなにおいしいもの食べたことがない、と思った。味はほとんど忘れたが、おいしくて感動した記憶が長く残っている。もう一度食べたくて、後年従兄に聞いたが「そんなこと、あったっけ」と忘れていた。

過ぎたことの多くは美化されているとわかっているが、その後も出先や旅先で揚げ物を売る精肉店を見るとコロッケに無関心ではいられない。自分で作っても何か違う。ああでもない、こうでもないと、再会できずに今に至る。

ワンストップショッピングの商店街が廃れ、代わる商業ビルやデリカテッセン、ホールセールクラブ、デリバリーやお取り寄せ、海外名店の出店など盛んになって、おいしいものはどこでも手に入る時代なのだが。その時だけの素朴なおいしさにはかなわないように思える。

一山いくらだった大衆魚の不漁・野菜の不作、春や秋が短縮していく街並み、個人商店の衰退によるシャッター街の出現など、複合的に時代が変わったとしみじみ感じる。

美しく清潔でスマート、いつでも何でも揃う新しい時代も素敵だけれど、古い時代の味わいというものも忘れ難いと思うのは、私だけだろうか。

2022年10月12日 (水) 銀子

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