一片の雲もない晴れ渡る寒空に見入る。遥かなる蒼天の果てに、底知れぬ宇宙の闇が広がる。と思う時、地球の季節の移ろい・止めどない生命の営み・人間の喜怒哀楽などは、一瞬にも満たないことに思い至る。それでも刹那・刹那を大事に育み続ける地球に敬意を表したい。
覆水盆に返らず。健康・人間・仕事など失くして知る「こと」の重さを誰もが頭では分かっている。が、当事者になって初めて分かる心情との開きは大きい。日々の生活では大なり小なり、後悔は無くても反省のない人はいないだろう。こぼれたミルクを嘆くより、失敗を今後の資料にした方が良い、と生物の自己防衛本能により過去データは未来の糧になる。
古代ギリシャで始まった演劇は、当初おもに貴人に起こる悲劇が原型だった。次第に、~だと思ったら違った、または奇想天外な結果だったという庶民に起こる逆転やハプニングによる喜劇に発展した、とされる。文化の成熟度が増すと人間の活動が複雑化して、予測が立ちにくくなるのは、現代のビジネスでも同じだ。
■優秀らしい道具
過去データの活用といえば、生活の細部まで活用されてきたAI技術がさらに創造性を発揮する生成AIに進化して、時代を席巻している。個人の創作活動からマスメディア・ビジネス、または各分野の戦略・戦術にも不可欠な様相を帯びてきた。経済の二極化・人材の流動・労働力不足などを背景に今後益々、発展していくのは間違いないようだ。AI技術の凄さに驚いていたのも束の間、時には生成AIは人間を凌駕する活躍も見せるようになった。
しかし同時に、その不確実性・危険性も露わになってきた気がする。過去データからの生成はあくまでも統計判断であり、未来に対する勘・強いて踏み出さない判断・隠れたまたは隠した心情の真意・曖昧にすべき結論などへの生成AIの弱点は、ひそかに蓄積される地雷にもなりかねない、と私には思える。人間が感じる、何となくおかしいという微妙な不安・どこかしっくりこない違和感・間違いではないがこれではないという確信などを無視し続けていると、ザッと感じる・大まかに流す・大体の理解に慣れてしまうのではないかと恐ろしくなる。大げさに言えば、生成AIの成果には感服するが、自分で考えていない正解を得る癖は、文化の衰退・人心の荒廃・芸術からの逆行を促しかねないのではないかと、危惧する。生成AIは確かに優秀・有能だが、人間の管理が必要な道具に過ぎない。人間の厳しいチェックなしに仕事を任せてしまっては、組織の信頼・信用を揺るがす問題になるように思う。
■新しい道具に必要な用心
生成AIの導入によって、今まで新規アイデアに悩むことが多かったが過去発売された商品などをすぐにリサーチして提案資料作成に活かせる・会議の議事録やWEB商談内容のまとめやプロジェクトの進捗管理表などを簡単に作成できる・調べ物や資料作成などの労力が軽減され時間を有効活用できるなど、目に見える効果を実感する組織も多い。
一方、文章作成をメインに使用しているが内容によっては意図していない回答が返ってくることもありそれが正しいのかどうか検証が難しい。正しいだろうと思い込み、指摘されて間違いに気づくことがある。どんなリスクがあって何に気を付けるべきか分からない。などの課題もあるようだ。多くの新技術と同様、導入時の戸惑いもあるかも知れない。
PC操作に秀でていることと、生成AIを正しく使いこなすことは別の問題だ。分かっているつもりにならず、生成AIについての正しい認識を学んでおきたい。同時に、便利な道具に振り回されないように、道具が出した回答をチェックできるだけの自身の勉強も怠れない。ルーチンの労力は軽減されても、ビジネスパーソンとしてミルクをこぼさない集中力と責任が軽くて済むわけではない。
2026年1月28日 (水) 銀子




























