数日単位で寒気とせめぎ合っていた暖気が徐々に力を伸ばして、思わぬ好日にめぐまれることもある。こんな日は、古い友人と何を話すわけでもなく歩きたい。越し方行く末・好不調・忙閑に関わらず、太陽の恩恵が誰の上にも分け隔てなく降り注ぐ平穏を一緒に感じたい。
小・中・高一貫の女子校を制服で過ごした。制服や身の回りにいろいろとやかましい制約があって、朝礼では身だしなみのチェックもあった。初等部高学年の頃だったか、ある日仲良しの友達から、スカートの裾アゲの折り返しが落ちていることを注意された。担任の先生に安全ピンで応急処置をしてもらって帰宅した。母にその話をすると母は「ちゃんと言ってくれて、よいお友達ね」と言った。その後大学に進むと服装は自由になった。ある日、ストッキングにラン(伝染)が入っているのを友人に注意された。当時のストッキングは簡単にランが入りやすく、みんなを困らせていた。家に帰ってその話をすると、母は昔と同じように「注意してくれて、いいお友達ね」と言った。
■忠告ありがとう
受験時代は様々な表面的な知識を覚えたが、私はいくつかの「法」の誕生にひかれた。モンロー宣言(1823年アメリカ)に好感をもっていた。(最近酷い曲解で取り上げられていたが)マグナカルタ憲章(1215年イングランド)についても法そのものというより、制定の経緯が面白かった。王による一方的独善的な権力行使や急激な増税などに対して怒った貴族 達による王の足元から突き付けた要求だった。王はそれを受け入れ、王も法の下にいて王権も法に制限されることを認めた。以来、法に基づく統治が始まり、いまでもイギリス憲法の根幹になっている。そんな話を新聞で読んだ。
現代はどうだろう、「それは良くないよ」「君の発想は間違いではないか」といってくれる友人またはブレーンがいない、あるいは異議異論を認めない悲しい王様が増えている。先入観なしで他者の意見に耳を傾けることが大事なのは、小学生でもわかる人間社会の基本なのに。
■教えるのではなく伝える
通常、部下指導は、まず指示通りに仕事ができるように、業務の実施に必要な知識や基本技能の習得を指導するティーチングから始める。実際新人に分からないことはありませんか?と聞いても、本人はまだ分からないところがつかめない状態のことが多く、スピードよりルール通りの正確な業務の習得を促すことが多い。ある程度業務を習熟してきたら対話や質問を通じて相手に気づきを促し、自発的な行動・成長を引き出す支援コーチングに段階的に移行していく。コーチングは実践の中で課題解決力を高めて、主体性を発揮できる自立した人材に育成するための支援だ。
が、現場では指導者の逡巡も少なくない。
- ・ストレートに伝えると傷つけそうで心配だが、逆に婉曲に伝えようとすると分かりにくくなる。褒め方叱り方が分からない。対象の部下・後輩の不安な気持ちが察知できず、後で知ることがある。相手の話が長かったり、角度の違う答えが出た際の切り返し方に迷う。
- ・何でもネガティブに捉えて業務に前向きになれない相手とどのように対せばいいか分からない。面談の機会や日々のコミュニケーション自体が少なく、信頼関係が築けない。
など、多くがコミュニケーションに課題があると思っているようだ。
褒め方・叱り方・わかりやすい説明・言いにくいことを言う話法など勉強の機会は沢山あるが、まずは、教えてあげているという立場をいったん離れて、自分だったらと、立場を逆にして考えてみたらどうだろう。または、自分の経験談も届くかもしれない。過剰な気遣いはむしろ届きにくいと思う。指導する側もまた、部下育成スキルを習得中のビジネスパーソンなのだ。誰も一人で仕事をしているわけではない。指導する側も指導される側も、自身と組織の成長を目指す同士ではないか。
不備の指摘や叱責は、後になってありがたく気づく効用もある。良い仕事環境というのは、そうした先輩や仲間がいる環境だとも思える。誰からも忠告されない絶対権力で孤立する悲しい指導者を目指すのでなければ。
2026年2月20日 (金) 銀子




























