晴れた日には、開け放した窓から初夏の風が届く。日に日に鮮やかになる新緑の下を歩けば、煩わしい世事も忘れて足取りも軽くなる。瑞々しい5月の風が、健やかな人にも病める人にも、順風にある人にも悲哀に沈む人にも、日々更新される明日への滋養になりますように。
サンドイッチのために、ゆで卵を作った。さまざまな作り方があるが、ゆで上がるまでには意外と待ち時間がある。時間が経つのを待つのも工程の一つ。ちょうど、音楽の休符が演奏の途中であるように。いつも鍋を見ながら思う。人生も同じ。結果を得るまでには、必要な待ち時間がある。まだ起きていない未来を案じて、卵が本当にゆだっているかを確認するために、途中で殻を割って調べる人はいない。
■今日の悪夢
明るい話題・和む話・明日への希望になる状況が不足している。毎日届く情報は、理不尽や不快で満ちていて、暗く悲しく嫌な気持ちになることが圧倒的に多い。VUCAの時代からBANIの時代へと移ったといわれ、益々明日は混沌として不可解を増し見通しがきかない。
国際関係・自然環境・生態系・社会・経済・教育・ビジネス・エネルギー...、いつから人間はこんなに欲に支配された下品な存在になったのか。
多分私たち人間の責任だ。産業革命よりもずっと前から人間は少しずつ利便と良心を引き換えて進歩してきたのだ。少しずつ人間の規範を競争に勝つための技術と引き換えてきたのだ。多くの無名の市民が懸命に抗っても、大きくて速い欲望の流れは反省せずに進展して、あげく万人が後ろめたくも不可逆的な発展の恩恵を享受してきた。今日までに科学の発展により救われた多くの命や文化もあるが、今後の発展では引き換えに何を得て何を失うのか。時を待たないと分からない。
■明日の悪夢
AIという言葉を聞かない日はない。人間はどこかで、超力的なAIにあまりに夢中になって我を忘れない方がいいと分かっていながら、やはり進歩発展から目が離せない。次第に目的や目標が不明確になっても成長を続けるのだろう。
困難を乗り越えるAIによる功績を良いAIとするなら、悪用や反則を犯すAIは悪いAIだが、善悪の判断は使用者の特権事項だ。AIは使用者(ご主人様)が喜ぶ答えを出し続けるように設計されているので、異論のある一つの問題に関して常に両極の使用者に対し、AIも各々両極の解答を出してご主人様の満足を得ることになる。遠くない将来、両極のAI同士が戦う日もあるのではないか。止めどない矛(ほこ)と盾(たて)の戦いはどうなるのだろう。ご主人様の遅い指示に業を煮やしたAI同士の戦いにはならないのだろうか。
人間が造り出した物は人間を超えた力を持っても、人間の判断や心を尊重するのだろうか。現実世界で起きている争い同様に、意地と意地の張り合い、面子と面子の競り合い、利得と利得の奪い合いを使用者に同調してAIもするのだろうか。そっちがそうなら、こっちはこうだとばかりの相手を上回る戦術はどこまで行くのだろうか。賢いはずのAIには、果てのない戦いを放棄する賢い選択はないのだろうか。
人間がAIに頼り不可能を可能にしようとする限り、人間の愚行を止められるのは、神ならぬAIしかいない時代になるのかも知れない。一体、ご主人様はどっちだ。
願わくば一段大人の超優秀にして超高徳なAIアメニモマケズ号が登場して、争いは「ツマラナイカラヤメロ」と解答してくれることを切に望む。私たちの地球の平和存続のために。
と、タイマーの音でまどろみから覚めた。卵が固ゆでになる前に火を消して鍋をおろそう。
2026年5月15日 (金) 銀子




























