今にも降りそうな空だけれど、あちらの窓こちらの窓を少しずつ開けて風を通す。空気の流れが部屋に広がり、気持ちがなだらかになる。熱い紅茶を飲みつつ、本を開く気にもなる。疲れたら休もう。心身が穏やかに回復したら自分のアンテナを信じて、再び歩き出そう。
街を歩くと、確かに子供の数が減っていると感じる。公園では髪の毛を汗の額に張り付けて駆け回る子供たちを、通学路ではプール帰りの浮き輪を首に掛けてふざける子供たちを見かけることが少なくなった。友達と競うように歌う子供たちも見かけなくなった。
■勸君金屈巵 コノサカヅキヲ受ケテクレ ※
子供の遊び歌・絵描き歌・しりとり歌、からかう時・さよならの時・約束する時、昔の子供たちは決まり文句のように声を合わせて言い交していたのを思い出す。自分では使わなくても耳が覚えている。世の中がコンプライアンスにやかましくなったからだろうか、最近はあだ名を禁止している学校もあるし、性別で役割を評価することも避けられている。姓名を呼ぶ時も、性別や年齢別で分けず、「〇〇さん」に統一されていることが多い。何だか面白味に欠けて楽しくないが、悪意は無くても知らない間に傷つけたり傷つけられたりが幾分減るなら、多分良いことなのだ。これで偏見や差別・弱い者いじめが減るとも思えないが。
■滿酌不須辭 ドウゾナミナミツガシテオクレ ※
子供たちの中には大人もついていけないほどの熱量で学び、早くも社会参加しつつある者もいる。多くの青年たちは頑張って受験や就職活動・キャリアアップに励んでいる。
社会は加速度的に発達してAIが仕事の中心になり、ホームタウンだった街は見知らぬ未来都市になりつつある。日本の将来は明るい、かのように錯覚する。しかし常軌を逸して落ち着きのない人間が増加し、思考や節度よりもタイパの良い行動が選ばれるようになった。
時代を先駆けるような世の中の急な変化は何を表しているのか。これは人類の更なる発展の端緒なのか、または大きな衰退期に入る前触れの輝きなのか。
強大な力を誇ったマンモスは、数万年の時をかけて絶滅に至った。彼らも衰退の予兆を見逃したのかも知れない。明けない夜はない、というけれど、必ず明けると信じている、または信じたいだけではないのか。移ろわない時はないのだ。
■花發多風雨 ハナニアラシノタトエモアルゾ ※
誰でも目に見えないこと・未だ見ぬ明日は怖い。かつて目に見えないこと(想像による思い込みか)を信じるのは非科学的だと論争した科学者がいたが、目に見えること以外は信じないというのもまた、狭量で非科学的に思える。生物の視力・聴覚・嗅覚などの感受能力は、種によって異なる。そもそも、数学・物理・天文・生物・生理・哲学など学問の多くは、目に見えない事の解を求める業ではないのか。
■人生足別離 サヨナラダケガ人生ダ ※
古今東西で未知にして永遠の課題は、あの世かも知れない。個人的には脳に酸素が行き渡らなくなって生体を司る機能が消滅したのちは無になると思っている。脳も人生も一代限りだと思っているが、これも定かではない。もしかするとまだ知らないだけで別の事実があるのかも知れない。未知と既知を脱皮のように繰り返し、昨日に別れ今日に会う、まだ見ぬ明日を探ることが学問の本質かも知れない。必ずしも学習が現世に活かされるとは限らないが。
■また来て四角
長く生きていると、多くの事を知っている・分かっていると思われがちだが不正確な思い込みだ。確かに情報知識は増えるかもしれないが、常識が変わって通用しないことも忘れることも多くなる。知らないことはもっと増え、知りたいこともさらに増す。どうやら知らないことに終わりはなく、そのほとんどは分からないということが解なのかも知れない。
せめて、もしも万一私があの世に行ってこの世を覚えていたら、もしも万一この世がまだ存続していて通信可能だったら、「あの世見聞録」を書いてお伝えしましょう。
※中国唐代の詩人・于武陵(うぶりょう)の五言絶句『勧酒(カンシュ)』:訳 井伏鱒二
2026年6月26日 (金) 銀子




























