銀子の一筆

他山の石

急に秋めいて、店頭にはサンマが並んでいる。昔、青魚は大量に出回って価格も安く、庶民の味方だった。しかし近年は丸々した上等なサンマが少ないうえ、結構な値段だ。佐藤春夫が詠んだ秋刀魚とは風情が違うが、日本の季節の幸、まだ獲れる間は、ありがたくいただこう。

時代とともに価値が変わるのは食べ物だけではない。言葉に対する感覚や扱いも変化している。先ごろ、障がい者スポーツの国際的なイベントが東京で開催された。テレビで観戦していて気がついたことがあった。

◆慇懃は無礼

私が子どもの頃は障がいがある人に対して、(今でいう)あからさまな差別用語が向けられていて、それでも言われる方も言う方も悪びれなく仲良くしていたような気がする。
次第に世の中が人権問題に神経質になってくると、今度は極端に触れない気遣い(または慇懃無礼)に変わった。 テレビや新聞では、妙に回りくどい表現をしたり、言及を避けたり、フォークソングが発禁になったり、落語の演目が自粛になったり。
当時、私は少し人権問題を勉強していて、たとえそれが労りの気持ちからであっても、あまりに丁寧過ぎるアンタッチャブルな対応は、逆に存在そのものを無視する逆差別ではないか、失礼ではないかと感じていた。

この夏、障がい者スポーツの中継で「先天的に~」「事故で~」「病気で~」などと障がいの概要が伝えられているのを聞いて、世の中の意識が少し進歩した印象を受けた。対象がスポーツやアスリートのせいもあるかもしれないが、あるがままの事実が最も人を傷つけないことを感じて、ダイバーシティに近づいている気がした。
障がいだけではない、年齢・性・人種・価値観も個人のアイデンティティなのだ。やりがちなことだが、わかったつもりになって勝手に美談風に歪めてほめたり、見ないふりで無視してはいけないと自戒した。

◆ビジネスでは要注意

事件になりやすく人を傷つけるヘイトやハラスメントがよくないことは周知だが、最近はアンコンシャスバイアスが話題に上る。ごく自然に誰もがもっている、習慣や文化の影響による偏見や先入観だが、日常生活では大きな事件にはなりにくい。女らしく、男のくせに、歳の割には、大人になれ、など曖昧で根拠のない思い込みは誰にもある。思い込みは良くないが、私にはアンコンシャスバイアスが、必ずしも悪いことだとは思えない。
時には、勘や直感、過去の体験や傾向・評判からの判断が正しいことも少なくないから。

ビジネスで問題になるのは、面接や商談など大事な初対面を「~だろう判断」で印象を歪ませてしまうことがあるからだ。ビジネスには要注意のテーマだと思う。

◆本当は皆ただの「人」

その昔、優秀な子ども(おもに男子)は「末は博士か、大臣か...」などと周囲から期待されたという話を聞く。今は博士も大臣も肩書ではなく、何をしたかが大事なのだが、当時の社会では将来を約束された羨ましい身分だったのだろう。
約50年前、「子どもたちに数学の面白さを教えたい」といって、数学の教師になった優秀な友人がいた。ある時彼女は悩み始めた。「着任と同時に先生と呼ばれて、人格よりも肩書で先生をさせられている気がする。『先生と呼ばれるほどの馬鹿でなし』(名称と中味が一致していないのに、先生、先生と人からおだてられて喜んでいる人を揶揄する川柳)の通り、馬鹿にされているのではないかと感じる」と言う。

私は担任だった中学校教師の話を思い出した。担任は新学期の始めに言った。「先生とは先に生まれた、という意味です。皆さんよりも先に勉強を始めたので、今の皆さんより知識が多いと思います。だから教えるのではなく、今私が知っていることを伝えようと思います。 それが正しいか正しくないかは、いつか皆さんが自分で考えてください。私もまだ知らないことが沢山ありますから、皆さんが私に伝えてくれてもいいんですよ」
子供心に感銘を受けた話だったので、その話を彼女にした。
後日、彼女は「あの話をそのまま生徒にしたら、肩から力が抜けて、先生と呼ばれることが気にならなくなった」と報告してきた。先生という言葉のイメージに縛られていたのは彼女自身だった。

◆他山の石

日常生活では、他人の何気ない言動で傷つくことがある。多分、私も他人を傷つけている。でもあまり過敏にならずに、鈍感になることも必要ではないか。馬鹿にされる、軽んじられる、誤解される、決めつけられる、腹が立たないわけがない。悲しくなる。でもよく考えると、主語は私にではなく先方にある。人を馬鹿にして、人を軽んじて、人を誤解して、人を決めつけているのは先方だ。だとしたら、これは先方の問題だ。

しかし、仕事は違う。仕事では先に働きだした「先生」の言葉に耳を傾けたい。
マイナーな対応を受けるには、そう思わせた私の責任もある。私は同じことをしないように、思い込む前に「~ではないかもしれない」と別の可能性を考えよう。苦い経験は、他山の石にして気を軽くしてしまおう、と思う。

2021年9月22日 (水) 銀子

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