銀子の一筆

健全なる個体間ギャップ

昔、一人旅が好きだったが、よく友人とも旅をした。
同行者は、立ち寄り場所や飲食を強要したり、 または任せきりでは困る。同じように一人旅が好きな友人と、宿と夕食・往復の交通機関以外は自由行動にして楽しんだ。 「上下が無いと一人で生きていけない人と、二人にはなれない。一人でいられる人とだから、一人旅を楽しむように二人を楽しめる」 これは私の人生観であり、仕事を始めてからも大切にしている。

50年以上もフリーランスだった私は、上下の感覚が希薄だ。
広告制作のプロジェクトで会う仕事仲間とは、(言葉こそ柔らかく心がけたが)言いたいことは率直に言い合って仕事をしてきた。 互いにそんな風に過ごしていると、次第に相手の役職や年齢を忘れるようになった。
年齢差を超えて共に同じ目的で仕事をした記憶は友情に変わる。今でも私には、かなり年長の仲良しや、親子ほど孫ほど若い友人がいる。

現在の職場で私は最年長であるため、周囲は私と歳の近い弟妹世代に当たる人たちが少々、残りは遠く歳の離れた子ども・孫世代の上司や先輩で占められている。
もともと周囲から寄せられる感情に鈍感なせいか、必要な注意はきちんと言ってくれると信じているせいか、私自身は世代間ギャップがあまり気にならない。 もちろんギャップは確実に存在するのだが、世代が違う面白さが先に立つ。 世代ならではの感覚や知識の違いが楽しい。
若者が昭和の豊かさを知らないように、私も平成の豊かさの多くを知らない。互いの未知の領域を知ることは新鮮で面白い。 賛同しなくても知ることで、通じる領域は広がるように思う。(勉強になります。栄養になります) 個体差によるギャップは「話せばわかる」と思っている。 話せば違いが明確になって、お互い知らないことを補える。 または、子や孫世代の上司や先輩と話していて、意外にも同じ感覚だと思うことも多い(あらま)。同級生で似た環境の人でも、 ギャップに驚かされることが多いのに。
人それぞれ、いろんな人がいて面白い。いずれにせよ率直に自然に個人対個人で話せば、あらかたの障壁は低くなると思っている。

昔、プロジェクト内の上司にあたる孫世代と何かの冗談を交わした時に、「またぁ~、んなこと言って!」と軽く小突かれたことがあった。
すぐに彼は「アッ、ごめんなさい。失礼しました」と言ったが、私は彼の自然な行動が少し嬉しかった。 通常の年長者は「無礼者!」と怒るのだろうか。(今だったらパワハラになるのかなぁ)

世の中では社会的な礼儀として普通のことかもしれないが、年長者に対するあまりに過重で儀礼的な敬語や労りの方が、私にはよほど気持ちが通じにくく思われる時がある。 ギャップというよりも、偏見や差別に近い疎外感がある。
年月を経れば世代が代わるのは当たり前、文化も感覚も変わるだろう。 「そこが世代間の面白さじゃない。お互いに経験していない事なんだから」と思う。 足腰頭が弱ってスピードは落ちても、人間の思考や志向は本質的に大きく変わるものではない。 年をとったら突然「おばあちゃん・おじいちゃん」という集団の普通名詞になるのではなく、若い時からずっと○○さんは〇○さん。 私は私、固有名詞で今も成長しているのだ。
「今どきの若者は」「今どきの年寄は」と壁をつくるより、自分が知らないことを 隠さずに話してみると、結構面白くて楽しい。知らない事を知ることは、為になって栄養になる。

所属する組織にも人にも、敬意と信頼をもっている。
でも正直、階層や年齢はただのスペックという気持ちが捨てきれない。 国でも社会でも、学校でも職場でも、どこでも同じ。 私にとって他人との距離は世代間ギャップではなく、個人と個人の間の価値観ギャップだ。

2020年 8月 12日 (水) 銀子

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