銀子の一筆

呼ばれ方

草木を潤して育てるように、柔らかく降る春の雨を「甘雨」という。農作物のために恵みの雨を待っているところもあるだろう。花粉症に悩む人にとっても、春の雨は少しありがたい。 お天道様次第の空模様が私は好きだ。

イベント・商品・社名、アイドル・番組など、世の中は販促のためのネーミングであふれている。聞いただけ字面を見ただけでは外来語なのか造語なのか、何のことだか分からない凝ったものも多い。

◆つけられたあだ名

ありのままじゃダメなご時世なのかとも思うが、昔は他人から個人に対してつけられる「あだ名」というものがあった。多くは容姿や物腰など個性の特徴からのネーミングだった。 本人が知らないうちにつけられて陰で呼ばれるもの、本人も(暗黙のうちに、または仕方なしに)了解するようになったものがあった。どれも言い得て妙なものが多く、なんだか愛嬌があって楽しかった気がする。
今は、いじめの対象になるから、あるいはジェンダーの差別につながるからと、あだ名禁止の学校が多いらしい。(知らないうちに私も誰かを苛めていたのかなぁ)

まだ幼かった頃、私はべーちゃんと呼ばれた時期があった。
5歳上の従兄弟が腕白で、枝に毛虫やミミズをつけて差し出したり、本人が隊長の探検隊で崖を登らせたり、物陰に隠れていて「ワッ!」と驚かしてきた。そのたびに私が泣くので、彼は親から叱られていた。 彼に「お前はすぐ、べーべー泣くからべーちゃんだ」と言われた。最初は嫌だったが、慣れると普通に返事をするようになってしまった。いつの間にか消滅したのだが、ちょっと懐かしい。

◆つけたあだ名

以来、私はたいがい姓を縮めて呼ばれ、大学では下の名前で呼ばれたので、あだ名らしいあだ名は無かった。 友達の中には「かばさん(カバに似ていたので)」「はにわ君(埴輪そっくり)」「すいか(どこから見てもまん丸のおかっぱ頭)」などがいて、みんな仲良しだった。 本人も否定しながら、呼べば返事をするほどに馴染んでしまっていた。

高校時代には、陰で先生にあだ名をつけた。
貴族出のおっとりした生物の高齢男性教師は、いつも購買部のパン売り場でカレーパンを買っていたので「カレーパン」。どことなく風貌がカレーパンだった。 女子校教師としては珍しい、バンカラ風なのに長髪の世界史の先生は、ゲルマン民族の(テーマは忘れてしまったが)研究者で、何かというと「ゲルマンの場合~」というので「ゲル」と呼ばれていた。 当時、化学の授業でゲルを習ったので、彼の印象とのギャップがおかしかった。どちらの先生も生徒に人気があった。 私も、水に浮いて死にかけていた金魚を蘇生させて「金命救助しました」と報告する優しい先生や、自分が知らないことを「僕にも教えてください」という率直な先生が好きだった。
本人達は自分のあだ名を(多分)知らなかったが、私たち生徒は陰で親愛をこめてあだ名で呼んでいた。本人達が知っても怒らなかっただろうが、今から思えば多少申し訳ない気分になる。

◆あだ名の役目

いつから親愛の情を前提にしないあだ名が生まれたのだろう。蔑称やヘイトは昔からあったが、なぜ愛称のはずのあだ名に入り込んだのだろう。他人を許容できない狭量な時代なのだろうか。 学校であだ名を禁じられた生徒たちは、今どきらしくハンドルネームやアカウント名で呼び合っているようだ。それはそれで少しホッとする。呼び名があると楽しいものね。 リングネーム・芸名・ペンネーム・雅号などは、表用と個人格を分けるためのものだが、〇〇王子やら〇〇姫など新種の別称もある。 団塊の世代や、さとり世代も、個人と関係のないところで分類する実用呼称なのかも知れない。

あだ名は渾名と書き愛称・呼称のことだが、仇名と書けば悪い意味をもち鼠小僧や切り裂きジャック、~のドン、~の黒幕などと使われる。 玄人というとプロという意味だが、ブラックというと悪質の象徴になる。企業でも国でも規模が大きい組織になれば、「理性を失った~」「常軌を逸した~」と付けば、末代まで響く致命的な信頼の損失を招く。 あだ名ひとつで存亡の危機を招かないように、自らの行いに留意しよう。と、陰で鬼婆と呼ばれているかも知れない銀子は思う。

2022年3月9日 (水) 銀子

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