銀子の一筆

紙一重

季節戻りのような温かさが続いたかと思うと、季節の先取りのような寒さが襲う。なんとも落着かない気候だが、それが今季のご縁だと思って、その日その日の変化に応じて柔軟に暮らすより他ない。今は昔、都内でも軒先に氷柱ができるほど寒い日が続いた冬が懐かしい。

子どもの頃の日本は、暦通りに季節が巡る春夏秋冬の国だった。冬になると東京には氷も張ったし雪も降った。冬休みは郊外の伯母の家に行って、いとこたちと橇遊びをするのが楽しみだった。橇といっても色鮮やかな軽量のプラスチック製のものではなく、伯父が作ってくれた竹を割ってリンゴ箱を取り付けただけのものだったが、子どもたちは充分に楽しんだ。順番で1人を乗せて、3人で引いたり押したり飽きずに遊んだ。日が暮れて大きな薪ストーブの柵に濡れた手袋や帽子をかけ終えると、夕食時には疲れて眠くてならなかった。

■優先するもの

寒さが厳しい日には、いつも思い出すマリ・キュリー(ノーベル物理学賞・ノーベル化学賞受賞者)の逸話がある。子どもの頃に読んだ少年少女向けの伝記だが、記憶に残る場面があった。苦学中、生活費にも事欠いていたマリは、冬は持っている衣服をすべて着込んで凌ぎ、夜はさらに寒くて眠れないので掛け布団の上に椅子を置いて寝た、というものだった。(体に寝具が密着すれば、少しは暖かいのかも知れないが、椅子をのせるなんて、本当にできるのか、やってみた。大きな音を立てて椅子は落ち、叱られた)そんな生活にあっても勉学を優先できるなんて、やっぱり普通の人とは違って天才は凄いなぁと子供心にも驚嘆した。今でも冷え込む夜は、「マリが椅子をのせる日」だと思ってしまう。

■天才の特性

世の中には常ならない情熱で事を成し遂げる人がいる。一般には、前人未踏の発見や発明をしたり非凡な感覚で芸術を興し、その後の世界に大きな影響を遺した人たちを天才と呼ぶ。しかし彼らはある瞬間に天からの啓示を受けたように閃いて解答を得る以前、糸口がつかめるまでの長い間、例外なく強い信念をもって人知れず地道に仮説を検証し続けてきた。

彼らには、共通した傾向があるように見える。自分が希求する未だ見えない解答に集中するあまり周囲の状況に気が回らず、ある時は独善的な短気、ある時は寝食を忘れた沈黙で周囲を驚かせる。今でいうKY(空気の読めない人)かもしれない。歯痒さからイライラと周囲に当たり散らしたり、わずかな進展に狂喜したり。興味のないことには止めどなく寛容で優しいのに、自テーマに関しては自他に厳しく頑固でもある。つまりは周囲から気難しい変わり者と思われる。天才イコール変人というバイアスもあるだろうが、実際に通常の人間関係の範囲を超えてトラブルに巻き込まれる人も多いし、社会生活上の失敗も多い。奇行が天才の証しでないように、偉大な功績者が必ずしも人格者だとは限らない。そこが人間的で、ホッとする。

■凡才の特性

天才と凡才を分けて考えることはない。同じ人間、そんなに大きく異なるわけではないと思う。違うのはその行動において、凡人の多くが「自分がどうしたいか」より「自分が他人にまたは社会にどう思われるか」に(つまり常識または良識に)重点を置きがちなのに比べ、天才の多くは「自分が他人にどう思われるか」より「自分がどうしたいのか」に重点を置いているように思われる。多分、他人が成し得ないことをするには、不可欠の発想なのだろう。

しかしやはり世俗に生きる私たち凡人にとっては、自分のルールを貫くよりも、まずは社会のルールを習得することが大事なことになる。何か過ちを犯した人について「本当はいい人なんだけどね」と言うのをよく聞くが、「本当はいい人」はそんなことをしないと私は思う。さらに言えば加害者だって家に帰れば良い家庭人かも知れない。人は誰でもいいところと悪いところをもっているのだから。良い人と悪い人の違いは、自分の領域と他人の領域をしっかり区別できるか否かにあるのではないかと思う。

ビジネスの世界でも見ていて分かることがある。周囲の他人を貶め自分を説明して光を受けようとする凡人と、黙々と努力して自分を高めて輝く天才がいる。他人と比べて優越感に浸ったり敗北感に陥るより、自分がすべきことに専念し自分を研究して、自分流のビジネスの天才になるべきだ。そんな天才が隣に座っていたら、なんて素敵だろう。紙一重の考え方で、誰にでも天才になる機会はある。私だって他人に食べさせるためではなく、自分のために残り物で創作した料理がおいしかった時には、「私は天才だ」と思うのだから。

2023年12月15日 (金) 銀子

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