銀子の一筆

生き残る仕事

五月、と呟くだけで風に揺れる新緑・きらめく水面を思い描ける。が現実は雨もよいの日が多い。初夏の雨も素敵だけれど、これが長い酷暑の始まりかと思うと少し怖気づいてしまう。天候不順の影響を受ける農業・漁業の皆さまのご苦労を、せめて旬を味わって感謝にしよう。

昨年、重くはないが微妙な手術を受け、今も術後検診に通っている。担当医師に「再発しないと思ってよろしいですか」と聞くと、「分かりません。多くはないが再発もあり得ます」と言われた。(まぁ)医師は「絶対~」と言わないことは分かっているが、言葉だけで少々凹む。次回の予約を相談する際「13日ではどうですか?」と聞かれカレンダーを見て、二人同時に「13日の金曜日!」と、声を合わせて笑ってしまった。(あはは、私の気が弱かったら気絶するところですよ) 
先生は自信に満ちた穏やかな笑顔と落ち着きが印象的な人で、術前から術後まで過大な期待や過剰な不安を与えず、事実を明確に話した。信頼する以外に選択肢のない患者に対する、心強い精神的なケアに感心した。

■頭も体も

かつて社会は、服装や行動を見ただけで業界が想像できるような人々が多かった(今でも健在だが)。それらしいなりふりで、ブルーカラーとかホワイトカラーなど何となく識別できたが、最近は職種も人々のファッションも複雑多岐になって、簡単ではない。
高度経済成長期、私はフリーランスのライターで徹夜も珍しくなく、休日も定かではなかった。まだ電子機器が一般的ではなかった当時、日常的に重い原稿や資料を抱えて走り回っていたので、腱鞘炎も肩の内出血も普通のことだった。取引先でよく「頭脳労働ですね」と言われたが、内心「いえ、いえ、肉体労働です」と思っていた。

必要な技術や知識は前提として、肉体労働とはおもに身体や体力を使って報酬を得る現場の労働、頭脳労働とはおもに思考や考察など頭脳を使って報酬を得るデスクの労働をいう。1983年、アメリカの社会学者アーリー・ラッセル・ホックシールドが提唱したのが、自身の感情をコントロールすることで報酬を得る感情労働だ。約40年前のことだが、最近再注目されている。もともとサービス業に分類されている接客・飲食業・販売などはもちろん、医療・福祉、教育・情報などでも対人応対の見直しや再教育が行われている。産業の高度化細分化による労働の複雑化・多様化、労働力不足に対する人材確保や他組織との差別化の必要、消費者ニーズの拡大などが背景にあるという。きっと、どの分野でも感情労働が必要になっているのだ。

■AIの苦手分野

統計上の分類はともかく、IT化が進む現代では産業分類も労働分類も境界が曖昧になり、本来の分野ごとの必要スキルだけでは存続が難しくなりつつあるのかも知れない。コンピュータ制御による製造機器・物品検査機器・複数の因果関係を計る各種計量機器の扱いは体力仕事ではないし、一般企業の営業職は机上の仕事を資料にして脚と根気を武器に新規開拓に励む。それでも合理化・自動化が進めば肉体労働も頭脳労働も減少してくる。

しかし、感情労働は多分AIがカバーしきれない分野だと思える。苛立ちを抑えて答える・相手のリズムに合わせた傾聴・逆説的に誘導する・怒りを理解して受け流すなど、生身の人間でなくては難しい。組織内の人間関係から対外的な取引関係、社会生活、現代ではちょっとした感情のズレから大きなトラブルに発展することが少なくない。どんな組織にも必要なスキルだろう。一方、感情労働のプロ・お客様窓口やコールセンターの相談員のストレスはいかばかりだろう。コミュニケーション、メンタルケアなどの能力も毎日のことになれば、レジリエンスが追いつかない日もあるだろう。仕事とはいえ辛いことだ。

気難しい時代に心穏やかに暮らす術は、感情のコントロールを意識する他はないのだろう。と思いつつ買い物に出たら、ことのほか優しい待遇を受けて少し幸福感があった。やっぱり未来に生き残る仕事は、感情労働なのかも知れない。

2024年5月7日 (火) 銀子

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