2026年2月13日
巨大動画配信プラットフォームを持つテック企業による米ハリウッド映画制作会社のM&Aが進んでいる。ハリウッドは、これまでも異業種資本に次々と買収された歴史を持つ。米映画産業の景況と歩を合わせた「ハリウッドサイクル」で、親会社は次々と入れ替わってきた。
ハリウッドの映画制作会社は、長らく「映画会社が映画を作る」という単純な産業構造の中にあった。しかし過去60年を振り返ると、その所有構造は大きく変質してきた。
ハリウッドは一見すると、毎年のように大作が公開され、常に活況を呈しているように見える。しかし、その内側では半導体の「シリコンサイクル」に似た景気循環である「ハリウッドサイクル」が繰り返されてきた。しかも、その振れ幅は時代を追うごとに大きくなっている。
最初の大きな不況は、1960年代後半だった。テレビの普及によって映画館の観客数が急減し、ハリウッドの大手スタジオは軒並み経営難に陥る。スターの高額ギャラと大作路線が裏目に出て、制作費だけが膨らみ、興行収入が追いつかなくなったのだ。
この不況を受けて、1966年に老舗スタジオのパラマウント・ピクチャーズは、製造業や資源開発を中核とするコングロマリット(複合企業)のガルフ・アンド・ウエスタンに買収された。当時のパラマウントは赤字体質だったが、映画ライブラリーと不動産価値が評価され、ガルフの脱製造業を目指す経営多角化の一環としてグループに組み込まれる。ガルフは1994年にパラマウントを米メディア大手のViacom(現パラマウント・グローバル)へ売却した。
米映画産業でこのときの映画不況を打開したのが、低予算での「ニューシネマ」だった。ベトナム戦争やカウンターカルチャーの影響を受け、若者たちの異議申し立てとして生まれた、既成のハリウッド映画とは異なる自由で実験的な映画を指す。「ニューシネマ」のヒットにより、米国の映画産業は巨額の赤字を垂れ流した「大作主義」の状態を一旦リセットした。
1989年にはソニー(現ソニーグループ)がコロンビア・ピクチャーズを負債を含む総額約48億ドル(約6000億円=当時)で買収。翌1990年には松下電器(現パナソニックホールディングス)がユニバーサルの親会社MCA(Music Corporation of America)を負債込みで総額約65億ドル(約7800億円=同)で買収するなど、「強い円」とバブル経済で業績を伸ばした日本のエレクトロニクス業界による名門映画会社の買収が相次ぐ。
しかしながら松下は、わずか5年後にMCAの80%を酒類大手シーグラムへ売却。異業種すぎて統合できなかった典型例として、日本M&A史における失敗事例となってしまった。売却されたユニバーサルはその後、仏Vivendi、米ゼネラル・エレクトリック(GE)・NBCを経て、最終的にComcast傘下へと移っていく。
ソニー・ピクチャーズは「スパイダーマン」シリーズなどのヒットを飛ばしたものの、ソニーグループの収益の中では補完的位置づけにとどまっている。最近では、グループ内でアニプレックスの存在感が高まっている。同社制作・配給のアニメ映画「鬼滅の刃」シリーズが、低コストながら最新作「無限城編」第1作の世界興行収入で1000億円を超えるなど、グループの収益増に貢献。グループ映画事業で「主役交代」が起こっている。
しかし、ソニーはハリウッドでの新たな買収に意欲を燃やす。2024年5月にはパラマウント・グローバルの買収に参加。260億ドル(約4兆円)を提示したが、条件が折り合わず同8月に撤退している。
1990年代から2000年代にかけては「DVDバブル」で、ハリウッドが息を吹き替えす。映画が劇場興行で失敗しても、DVDからの収益で回収できるようになったからだ。これにより、ハリウッドは再び「大作主義」へと傾斜し、制作費は急膨張した。
このバブルを支えたのは、ディズニーだ。2006年にアニメのピクサー、2009年にヒーロー作品のマーベル、2012年にSFのルーカスフィルム、2019年には大手21世紀フォックスを買収。総額は1500億ドル規模に達する。ディズニーは全方位の作品群を1社で掌握し、ハリウッド史上最強のIP(知的財産)複合体を形成した。
2020年代に入ると、DVD市場が急速に縮小。DVDやブルーレイといった安定収益源を失ったハリウッドは、再び不況に突入する。ここで浮上してきたのが、配信という新たな収益モデルだった。
その直前の2018年には米通信大手AT&Tがタイムワーナー(現ワーナー・ブラザース・ディスカバリー)を約854億ドル(約8兆8600億円)で買収。ポストディスク時代を見据えて、通信による映画配信ビジネスへの参入を狙ったのだ。しかし、この買収は失敗に終わる。AT&Tは2022年、ワーナー・メディアを切り離してDiscoveryと統合させる。同社の「誤算」は、映画配信プラットフォーマーの台頭とそれに伴う映像コンテンツの急増だった。
Netflixやアマゾン、Disney+、HBO Maxといった映画配信各社は、2018年以降、加入者獲得合戦での生き残りをかけて年間数千億円規模のオリジナル作品投資を実施。これは、ハリウッドでも例を見ない過剰な制作投資だった。その結果、作品数は爆発的に増えたが、視聴者の時間は有限なので視聴率は低下。1本あたりの投資回収効率は悪化し、コンテンツの供給過剰が発生したのである。
世界最大の映画コングロマリットとなったディズニーも、2020年代に入ってからは配信事業Disney+の赤字が財務リスクとして表面化。2023年以降はコスト削減とIP選別に舵を切らざるを得なくなった。
ハリウッドで供給過剰と収益悪化が同時に進む中で起きたのが、2023年の脚本家や俳優による歴史的ストライキだった。AI利用問題や報酬体系を巡る対立が表面化したが、その根底にあったのは、配信バブルによる過剰制作と収益悪化だった。皮肉にも、このストライキはハリウッドに「制作停止」と「費用圧縮」をもたらし、作品の過剰供給状態は解消されつつある。
ハリウッドは独立した映画産業から「異業種の資本が支配するIP製造装置」へと姿を変え、2020年代以降は配信プラットフォーマーが最大の買い手(ストロングバイヤー)になっている。2022年にアマゾンがメトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)を約84億5000万ドル(約9200億円=同)で買収した。
2025年12月にはNetflixがワーナー・ブラザース・ディスカバリーの映画・テレビ制作及び配信部門を約720億ドル(約11兆2000億円)で買収すると報じられた。これに対してパラマウント・スカイダンスがケーブルテレビ事業やニュース専門テレビ局のCNNなども含めたワーナーの全事業に対して総額約1084億ドル(約16兆5000億円)のTOB(株式公開買い付け)を開始。ハリウッドの老舗を巡る争奪戦が巻き起こった。
ハリウッドは、配信バブル崩壊後の調整局面にある。配信各社は制作本数を絞り込み、ヒット作の続編への集中投資に切り替えた。制作費も圧縮され、プロジェクトの選別はかつてなく厳しくなっている。
一方で、過去作品のライブラリー収益やテレビシリーズ制作といった「安定型収益」は底堅く、最悪期は脱しつつあるとの見方も強い。現在は、過剰投資が整理され、次の回復局面を待つ上昇局面に差しかかっている。
ハリウッドの景気循環は、工場と在庫が生むシリコンサイクルではなく、投資マネーとコンテンツ本数が生む「金融主導型サイクル」である。好況期には過剰投資で大作が量産され、不況期には一気に制作が止まる。この極端な振れが、半世紀以上にわたって繰り返されてきた。
そして現在のハリウッドは、配信バブル崩壊後の調整を経て、次の成長局面に向かう入口に立っている。次に訪れる回復期は、もはや「作品の量」ではなく、「選び抜かれたIP(知的所有権)と低コスト高効率作品」によってもたらされる可能性が高い。最新作では「鬼滅の刃」シリーズがそれに当てはまるが、「大作主義」のハリウッドの制作会社にとっては苦手な領域だ。
過去のM&Aでは、巨額の買収資金が買い手企業の重荷となった。幸いにも、ハリウッドのブランド価値で次の買い手が現れたからこそ、老舗制作会社は生き残っている。
ハリウッドのIP資産を高く評価したアマゾンやNetflixは、膨大な資金を投入した。両社がハリウッドの映画制作会社とのシナジーを実現できるのか、それともこれまでの買収者と同様に持て余して売却するのか。巨大プラットフォーマーのPMI(M&A後の統合プロセス)が問われる。
配信元:文:M&A Online
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