4月から義務化 社会・労働保険手続きの電子申請導入の実務

2020年1月29日

4月から義務化 社会・労働保険手続きの電子申請導入の実務

 4月から資本金1億円以上の企業など特定の法人について、社会保険や労働保険に関する一部の手続きにおいて電子申請を行うことが義務付けられた。そこで、対象となる手続きや具体的な導入方法などを社会保険労務士の池田優子氏に解説してもらった。

池田優子 社会保険労務士(汐留社会保険労務士法人)

行政手続きコストの削減と「デジタル手続き法」

 2017年3月の規制改革推進会議において、「2020年3月までに行政手続きコスト(行政手続きに要する事業者の作業時間)の20%以上の削減」が決定しました。また、行政手続きコスト削減の3原則として、①行政手続きの電子化の徹底:デジタルファースト、②同じ情報は一度だけの原則:ワンスオンリー、③書式・様式の統一を掲げています。

 2019年5月31日に公布された「デジタル手続き法」は、情報通信技術を活用し、行政手続き等の利便性の向上や行政運営の簡素化・効率化を図るために定められました。申請書の作成・準備や、行政窓口への往復等に相当の時間とコストがかかっている状況について、政府自らが、行政手続きを簡素化するために、デジタル化に焦点を当てた取り組みを行っています。

社会保険・労働保険手続き等の「電子申請」の義務化

 厚生労働省では、時間とコストを削減するため、これまでも電子申請の利用を促進する取り組みを進めてきました。しかし、2016年度の調査では、電子申請の利用率は13%で、申請件数は着実に増えてはいるものの利用率が高いとは言えない状況です。

 そこで、電子申請の利用促進を図る取り組みの一つとして、特定の法人の事業所が社会保険・労働保険に関する一部手続きを行う場合には、必ず電子申請で行うことが義務付けられました。

電子申請の対象となる特定の法人とは

 電子申請の義務化の対象となる特定の法人は、以下の通りです。

●資本金、出資金又は銀行等保有株式取得機構に納付する拠出金の額が1億円を超える法人
●相互会社(保険業法)
●投資法人(投資信託及び投資法人に関する法律)
●特定目的会社(資産の流動化に関する法律)

 ここで注意が必要なのは、人数についての取り決めがないことです。たとえば、社員がいない、役員が1名のみの法人でも、資本金が1億円を超える場合は、健康保険・厚生年金保険については、義務化の対象となります。また、特定の法人に該当する場合は、社会保険労務士に手続きを業務委託したとしても、義務化の対象です。

 今回の義務化は特定の法人を対象としていますが、近い将来、すべての事業所に対して適用されると考えられます。

件数の多い手続きは義務化の対象にならない

 電子申請の義務化の対象となる手続きは、表1の通りです。

 健康保険・厚生年金保険については、「被保険者資格取得届」や「被保険者資格喪失届」などの件数が多い手続きが含まれていません。今回の義務化の対象となる法人は、比較的規模が大きく健康保険組合に加入している場合が多いと考えられますが、現時点では、多くの健康保険組合が電子申請に対応していません。そのため、健康保険組合に配慮した背景があると考えられます。

件数が多い手続きは対象外

表1:電子申請の義務化における一部の手続き

表1:電子申請の義務化における一部の手続き

(出所)厚生労働省「(2020 年4?から特定の法人について電子申請が義務化されます」(改訂)

義務化開始は事業年度の開始日から適用

 2020年4月以降に開始される事業年度から適用されます。すべての特定の法人に対して、2020年4月1日から一斉に適用されるわけではなく、それぞれの法人の事業年度の開始日から電子申請が義務化されます。

 たとえば、事業年度が2019年4月1日から2020年3月31日の場合は2020年4月1日から、また、事業年度が2019年10月1日から2020年9月30日の場合は2020年10月1日から、電子申請が義務化されます。

電子申請を利用することで交通費・通信料を削減

 電子申請を利用するメリットは何でしょうか。厚生労働省の「電子申請に関するアンケート調査結果(2018年度)」によると、「行政窓口へ出向くための移動時間や待ち時間の節約になる」、「24時間365日いつでも申請や届出ができる」といった回答が多いようです。また、交通費や通信料などの削減も可能です。

 一方、電子申請を利用しない理由としては、「承認までの時間がかかりすぎる」、「操作方法や添付書類の提出方法が分かりにくい」などが挙げられています。また、紙媒体で申請した場合は「控」に受理印を押してもらうことが可能ですが、電子申請の場合は受理印のある「控」に替わる書面がないため、確認方法に不安が残り、「やはり紙媒体での手続きが安心」といった声もあるようです。

電子申請の導入の方法は2 パターン

 電子申請を導入するにあたり、方法が二つあります。一つ目は、政府が提供しているe-Gov(電子政府の総合窓口)のウェブサイトから直接申請する方法です。

 e-Gov申請の場合は操作が複雑で、申請の都度、データ入力やフォーマット作成が必要です。そのため、これまで手書きしていたものを画面に入力するという作業に変わっただけで、紙媒体での手続きと比べて、作業時間が短縮されたとはそれほど感じられないかもしれません。しかし、e-Govのシステム使用料は無料ですので、コスト面では大きなメリットがあります。

 二つ目は、外部連携API(Application Programming Interface)を利用し、e-Govのウェブサイトを経由せず、対応する民間ソフトウエアから申請をする方法です。

 API申請の場合、e-Govの仕様は関係なく、普段使用している労務管理ソフトの画面と機能を利用することができるので、操作がわかりやすく、使いやすいものが多いことがメリットです。API申請の場合は、労務管理ソフトの使用料はかかるものの、普段利用している人事・給与等のデータを用いて、申請が可能になりますので、基本情報などの入力の手間を省くことができ、作業時間が大幅に短縮されます。

 API申請と紙媒体での申請を比較した場合、処理にかかる時間が2分の1程度になったとの統計がありますが、当法人でも手続きの多くをAPI申請で行っており、労働時間の短縮に役立てています。

 実際の手続き件数や予算も含めて、会社の実情と今後の方向性から判断し、自社に適した対応を行いましょう。

一部は電子証明書が無くても、電子申請可能に

 現在、電子申請を行うには、電子証明書が必要ですが、2020年4月以降、電子証明書がなくても、無料で取得できるIDとパスワード(GビズID)で電子申請が可能になります。電子証明書とは、電子申請の際、申請者が送信する電子データの安全性を確保するための実印のようなものです。電子証明書を使用するには、手間と費用がかかることが多いため、政府がこのような無料のサービスを提供することにより、電子申請へのハードルを下げていると考えられます。

 ただし、GビズIDを利用してすべての電子申請を行うことができるわけではありませんので、注意が必要です。今回の義務化の対象の手続き(表1)のうち、労働保険のすべての手続きと雇用保険の「高年齢雇用継続給付支給申請」「育児休業給付支給申請」は、GビズIDでは申請を行うことができませんので、引き続き電子証明書が必要になります。

 36協定(新様式)の電子申請についても、2020年3月25日より作成・保管が可能で、本社一括届出にも対応しています。また、電子申請の義務化と合わせて、電子申請へのインセンティブを付与する取り組みとして、電子申請は紙媒体での届出よりも優先して受付処理を行う体制が構築される予定です。

電子証明書が無くても、GビズIDで申請可能に

日本年金機構が推奨するGビズID

日本年金機構が推奨するGビズID

(出所)日本年金機構「日本年金機構からのお知らせ」

労働生産性を上げるため、電子化への取り組みは必須

 その他の電子化への取り組みとして、2019年4月から、労働条件の明示の方法については、書面の交付に限らず、労働者が希望した場合は、FAXや電子メール、SNSなどでも明示できるようになりました。国税庁は書類保存の負担を軽減するために、税務署長の事前承認が必要ですが、帳簿書類の電子化を奨励しています。

 また、2020年分の年末調整から、生命保険料控除や住宅借入金等特別控除に係る控除証明書などについて、勤務先への電子データによる提供が可能となりましたので、年末調整手続きの電子化に向けた取り組みも進められています。

 業務の効率化を図り、労働生産性を上げる方法の一つとして、電子化への取り組みは必須であると考えられます。現在、働き方改革の一環として、多くの企業が労働生産性向上に取り組んでいますが、働き方改革は企業主導で行うだけではなく、社員自らが主体的に取り組むことにより大きな効果が生まれます。また、働き方改革によって社員も働き方を選ぶ時代になってきました。

 これからは、「時間外労働がほとんどない」「有給休暇は100%取得できる」「自由度の高い柔軟な働き方が選べる」などは当たり前の条件になってくるかもしれません。

 「法令遵守」とともに「積極的な電子化(デジタル化)」で労働生産性を向上させるため、自社に適した取り組みを検討されてはいかがでしょうか。

電子申請を行うために前もって準備が必要

電子申請導入に向けての事前準備チェックリスト【e-Gov】

電子申請導入に向けての事前準備チェックリスト【e-Gov】

配信元:日本人材ニュース

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