銀子の一筆

銃の置き土産

普段より贅沢(ぜいたく)な買い物ができる、賞与の時期が近付いてきた。当て込んだ商戦も活発化している。私は長くフリーランスだったので、一度も賞与を経験したことがなく別世界の話だが、記憶に残る買い物を考えてみた。

さまざまな買い物で、高価なものや思い入れのあるものも少なくないが、特に記憶に残っているのは、銃だ。

実家の近くの公園に体育館があり、別棟にエアライフルの射場があった。
興味が湧いて何度か見学させてもらううちにライフル射撃競技団体の会員と知り合い、銃砲店を紹介してもらった。その銃砲店にはライフル射撃競技の元チャンピオンが勤めていて、私は彼の中古銃を買って練習を始めた。エアライフルではない、本物のライフル銃だ。ライフル銃に限らず銃を始めるときは、新品でもよいができれば品質が良くて正しい手入れがされ、良い射撃癖がついた銃から始めると良いといわれている。幸運だった。

ライフル射撃競技は、同心円の的の中心を狙うスポーツで、筋力・呼吸・姿勢・精神などの集中次第で当否が決まる。1000分の1秒といわれる人間の静止の瞬間に集中する標的競技は、非常に面白かった。屋外の射場では、銃のサイト(照準)を蝶が横切っただけで、張り詰めた緊張感が途切れてしまう。
武道というのは何でもそうだろうが、揺れ動く環境の中で、心身を平静に保って集中することは、人の生き方にも通じる姿勢として共感できた。

銃は武器だけに、銃本体と弾薬の保管方法・弾薬の消費記録・運搬の仕方など多くの規制がある。加えて一銃一許可制で定期的な確認、銃刀事件発生時の確認聴取など、警察から厳しく管理される。射場内でのマナーも厳しく、的の入れ替えなどで射程内に入る際の口頭告知、銃口の向きなど多くの注意が必要になる。自己規律や周囲への配慮などが求められた。

しかし、しばらくすると少しずつ気持ちに変化が生まれた。私だけのごく個人的な感情だが、人を殺しうる武器を身辺に置き、それを使って趣味として標的を狙う練習をすることは、凡中の凡である私には重く感じられるようになった。また、職業であれ競技であれ銃と向かい合って研鑽を積んでいる人たちに対して、自分の中途半端な関わり方が後ろめたくもあった。

次第に仕事も忙しくなって、時間的に射場に通うことも難しくなり、銃は返納した。少し、肩も気持ちも軽くなった気がした。

子どもの頃から、面白そうだと思ったことはとりあえず何でも経験してみた。しかし新しい何かを経験する楽しい思い出よりも、主にそこで得た考え方が後々にも役立つことが多い。

銃についていえば、やはり「重さ」が違う。
射手の手本になるような人が、些細な不注意から銃を暴発させ、顔の半分を失う事故があった。不調だという後輩の銃を点検していて「あれっ?」とほんの少し違和感を持ったが、そのまま試射して暴発したという。最初の些細な「?」を無視してはいけないこと、慣れてしまってはいけないことを教えてくれた。趣味であっても、やはり武器になりうるものを生半可な気持ちで扱ってはいけない。

もう一つ、環境に気を取られることなく集中することはもちろん銃の基本だが、一方ではメンタルが混乱したときには「頑張る」に固執せずに、一度射座を降りてリセットすることが大事なことも学んだ。根性は身体に勝てない。根性で続けるより、思い切って休んだ方が早く力が戻ることも実感と共に学んだ。

銃はとっくに返納したのに、これらはすべて、いつの間にか私のルールになった。仕事においても私生活においても、常に戒めとして残っている。

2019年 5月 29日 (水) 銀子

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