10年後の競争力をつくる人事~ムーンショット発想と挑戦の習慣化を同時に進める方法

近年、ビジネスの世界でも「ムーンショット」という言葉をよく耳にするようになりました。「思い切った未来像を掲げ、非連続な挑戦を起こす」という考え方です。しかし、多くの企業がこうしたスローガンを掲げながら、実際には挑戦が根付かないという壁に直面しています。
それは、目標の掲げ方ではなく文化と制度の設計に課題があるためです。
本稿では、「ムーンショット思考の定着」と「コンフォートゾーン/カンフタブルゾーン(居心地の良い領域)からの脱却」という2つの視点を取り上げ、人事部がどのように組織変革をリードすべきか、実務に落ちる形で解説します。
1.なぜムーンショットだけでは挑戦は生まれないのか
ムーンショット思考は、未来から逆算し、大胆な目標を掲げるものです。たとえば「10年後の事業を再定義する」「現在の延長線上では到達できない価値を創る」といった内容です。ただし、ここにひとつ罠があります。
大きな目標を掲げるだけでは、社員は動かない。
それどころか、「失敗したら評価が下がるのでは」「どうせできない」と心理的抵抗が働き、挑戦が逆に遠のきます。多くの社員が挑戦できない理由は、能力よりも心理的安全性の欠如や制度とメッセージの不一致です。だからこそ、人事部は「挑戦してもいい、挑戦したい」と社員が実感できる環境を整える必要があります。ここが最初の勝負どころです。
2.心理的安全性づくりは人事部の最初のミッション~体験化・共有化
挑戦が起きない理由は次の3つに集約されます。
- 失敗による評価低下の不安
- 何をもって挑戦といえるのかが曖昧
- 挑戦が個人の「孤軍奮闘」として扱われている
まずは、この理由を取り除く必要があります。
経営メッセージの発信ではなく「体験化」
経営陣が挑戦を掲げても、社員は「本気かどうか」を行動で判断します。したがって、人事部は 組織対話(タウンホールミーティング、1対1面談、ワークショップ) の設計者として、経営の本気を「体験化」する仕組みをつくる必要があります。
挑戦の成功・失敗を共有するストーリーバンク
挑戦した社員やチームのプロセスをストーリーとして記録・共有することで、社員は「挑戦が普通のことだ」という組織の空気を感じられます。その際、キラキラした成功談だけでなく、失敗談も含めることが重要です。挑戦文化は、制度や研修以上に空気づくりが鍵になります。その空気づくりの中心に立つのが、まさに人事部です。
3.ムーンショット×OKR~大胆さと実現性を両立する目標設計
挑戦を制度に落とし込むうえで最も使いやすいのがOKRです。
- O(Objective):大胆・ワクワクする目標
- KR(Key Results):測定可能な達成基準
ムーンショット思考とOKRの相性は非常に良く、以下のように組み合わせることで、夢物語ではなく挑戦可能な現実が生まれます。
ムーンショットの未来像→OKRの四半期アクション
10年後のありたい姿(ムーンショット)を描き
↓
そこに近づくための四半期ごとのOKRを設計
↓
達成率は60%〜70%が適正(=届きそうで届かないライン)
これによって、挑戦が「日々の業務の延長として一歩ずつ積み上がる」設計になります。
評価軸に「仮説・学び・ピボット」を入れる
成果だけを評価してしまうと、挑戦は必ず萎縮します。そこで重要なのが、
- 仮説構築の質
- 検証プロセス
- 失敗からの学習
- 次の挑戦へのピボット(方向転換)
これらを評価項目として正式に組み込むこと。制度が変われば行動が変わり、行動が変われば文化が変わります。
4.部門横断の挑戦を起こすための仕掛け
挑戦とは、個人の能力だけで完結するものではありません。むしろ、異なる経験・視点がぶつかる場にこそイノベーションは生まれます。
人事が旗振り役として、次のような場を設計できます。
- クロスファンクション型の新規プロジェクト
- 若手×ベテランのペアリング
- 他部署への越境出向
- 社内アイデアコンテスト
こうした取り組みによって、社員が組織の壁の外側で挑戦することが当たり前になっていきます。
社外知の導入で「思考の枠」を壊す
大学・研究機関・スタートアップなどとの共創ワークショップも有効です。外部の視点が入ることで、社員が自分の思考の枠に気づき、ムーンショットを描く素地ができあがります。肩肘を張らない、単に情報を共有するだけの異業種交流会も意義があるのです。
5.育成サイクルを仕組み化する~研修⇄実践⇄振り返りのループ
挑戦文化は、研修だけでも、制度だけでも根づきません。重要なのは、次の3ステップを循環させることです。
- 研修フェーズ
ムーンショット思考、未来洞察、仮説思考、対話スキルなどを学ぶ。
ここで参加者は「挑戦の型」を身につけます。 - 実践フェーズ
小さな挑戦プロジェクト(パイロット)を開始。
学んだ理論を実務に当てはめ、仮説を検証する。 - 振り返りフェーズ
結果だけではなく「何を学んだか」「どこを変えるべきか」を整理。学びを言語化し、組織内で共有。
このループを年に2〜4回まわすことで、挑戦が一過性ではなく習慣になります。
6.マネジメント層が「挑戦のスポンサー」になるために
挑戦文化を広げるうえで、管理職の影響は絶大です。しかし、多くの管理職は「部下をどう支援すればいいか」が分かりません。
そこで人事部が提供すべきは、次のようなものです。
- 挑戦を支援する1対1面談の方法
- 承認・称賛の具体例
- フィードバックではなく、フィードフォワードの会話
- 振り返りを促す問いのテンプレート
- マネージャー向けの挑戦マネジメントガイド
管理職が「挑戦のスポンサー」になった瞬間に、組織の空気は劇的に変わります。
7.挑戦にはリスクもある~だからこそ先回りして制度で支える
挑戦の裏側には、必ずリスクがあります。だからこそ、事前に次のような落とし穴を想定しておく必要があります。
- 個人の挑戦が孤立してしまう
- 評価基準が曖昧で不満が生じる
- 中間成果が見えず、途中でモチベーションが折れる
- リソースが足りず挑戦が頓挫する
これらに対し、
- プロジェクトごとのメンター配置
- 評価基準の明確化
- 中間レビューの導入
- パイロット方式で「まず小さくやる」
などの制度・仕組みを整えれば、挑戦は継続可能になります。
まとめ.挑戦文化は「制度×心理×行動」でつくられる
挑戦文化は、一度スローガンを掲げて終わりではありません。人事部が制度・研修・対話・評価・横断企画を総合的に設計することで、初めて根が張るのです。
- 経営の本気を体験化
- ムーンショットとOKRをつなぐ
- 研修と実践を往復させる
- マネジメントを挑戦のスポンサーに変える
- 小さな挑戦を継続的に生み出すサイクルをつくる
これらがすべて回ったとき、挑戦は例外ではなく 「当たり前の行動」 になります。人事が組織の挑戦文化をデザインできる時代。ぜひ、最初の小さな一歩から挑戦の連鎖を生み出していきましょう。
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