断続的な雨の日々にも、晴れ間は生まれる。やがて烈日となって疎まれる太陽も、この時季にはありがたく活用される。まだ幼い稲苗が水田に定まる頃、果樹園では果実の出来を計る時、街に暮らす人も心身の変化が起きやすい日々だ。並べて健やかで平和でありますように。
過日、上野の美術館に行ってきた。山の下は喧噪の町が広がるが、山の上は別世界で大きな木陰が広がり、美術館や公園、音楽会場が点在する。美術館には、家族と行く時も友人と行く時も会場内は別行動、出口で待ち合わせることにしている。歩調や興味が異なってもストレスがない。思いのほかインバウンドが多くて混み合っていたが、外は緑の風が心地よい。時間があったので、森をゆっくり歩いて別美術館にハシゴしたらお腹が空いた。人ごみを避けて山の裏側に下ると、閑静な住宅地で民家の玄関先にランチの札を見つけた。メニューも値段も書いていないので怖かったが、入ってみた。夜はバーになるらしい店内の客は私たちだけで、物静かな店主が訥々と話をしてくれた。肺を緑で充たして歩く森の小道・興味深い展覧会・見知らぬ人から聞く面白い話、穏やかで豊かな五月のいち日だった。
■命題
古今東西の哲学・宗教などで問われる「幸せとはなにか」「何のために生きるのか」は、答えのない永遠の命題だ。門外の多くの人と同様に突き詰めて考えている訳ではないが、日々の中で思いがけなく喜びを感じる時、または飢えた我が子に与える食料がないニュースを聞く度に改めて考えさせられる。2025年5月にユニセフが発表した「子どもの幸福度」では、先進諸国36カ国中日本は身体的には1位だが精神的には32位で、ユニセフからは「パラドックス」と評された。子どもの世界に影響を及ぼすSNSやいじめなどによる精神的な負荷、何だか大人の世界の縮図が垣間見える気がする。大人になるとはどういうことか、私たちは子どもが希望を抱ける説明ができるだろうか。
■課題
労働力人口の減少が進む中、国も組織も人材確保・離職防止を最大級の課題にしている。人材が自身のステップアップまたは精神的安定のために、納得できる所に転職することは珍しいことではなく、中途採用として受け入れる側も一定の理解を示す場合が多い。しかし、まだ社会に出たての若い人たちに内定辞退や離職が増えている。新入社員のうち、約3割が3年以内に離職するという。入社前の説明と異なる労働条件や人間関係の悪化が大きな理由らしい。退職代行の利用で離職のハードルが幾分低くなっているのかも知れない。せっかくの就職先をまだ何も経験しない内から代行を使ってでも辞めるのには、本人にしか分からない余程の事情があるのだろう。もちろんドライに即断する場合もあるだろうが。どちらにしても、自分の幸せに繋がりそうな場所ではなかったということだろう。
■難題
離職防止の対策の一つとして、上司選択制度を導入する組織もある。確かに、人間関係やハラスメントが大きな離職理由になっていることを考えると、身近な上司との相性がネックになるのだろう。互いに話しても通じないギャップは埋めようがない。が上司選択制は、あくまでもメンバーの離職防止に焦点を当てていることから、上司の人間としての尊厳に触れるのではないかと案じられる。人気投票の矢面に立つストレスを思うと、上司になりたくないと考える人がいても当然だ。私には何が正解か、何が最善策なのか分からない。世の中には年齢や立場に関わらず、良くも悪くも度を超して常識を覆す人がいるのも事実だから。
もしかしたらスラム化しつつある現代は、まだ見ぬものへの挑戦や理想に向かって続ける努力・同じ目的で結束する組織力より、苦労の少ない居心地の良い短絡な対処療法が望まれる時勢なのだろうか。例え世の中がそうであっても、自分はどんな人間でありたいのか、自分はそれでいいのか、を考えたい。できれば若くて未熟でも、他人や社会のせいにしないで自分の規範とプライドで成長する意志を持っていたい。できれば経験豊富で有能でも、間違いも犯すかもしれない自分は成長途上のビジネスパーソンの1人に過ぎないと自覚したい。
仕事とは何か・成長とは何か・人生とは何か。答えのない命題は増えるばかりだ。
2025年6月4日 (水) 銀子