やっと心地よい気候になって、海辺や里山へ出かける気になった。静かに季節を感じたいのに、どこに行っても短い秋を楽しむ内外の行楽客が溢れて騒がしかった。こんなことなら、うちから近い住宅街のカフェで過ごす方が、秋らしい静けさを満喫できたのかもしれない。
気候の変動・新技術の加速・不安定な経済・混迷の政局。新しいスタンダードへの変化の予兆か、身辺落着かない状況のままに今年も終盤を迎えようとしている。生きていればさまざまな変化に出会うというには波乱が過ぎるが、今は冷静に成すべきことに集中し、来たるべきステージに備えたい。
■冗談じゃない
一人でただ何も考えずに過ごす時間も大切だが、世の中で起きたことや起きそうなことを、気の置けない友人としゃべるのも楽しい。思わぬ視点や脱線の展開など、新鮮な驚きもある。
若い時、友人たちと長くて遠い山道を歩いた。みんな息が上がって言葉を交わすこともなくなった。辛さのあまり、すぐ前を歩いている一人に向かって「お願い!100円あげるから、おんぶして!」と言うと、振り向いた彼が「なにい!頼む!100円やるから歩いてくれ!」と言い返し、周りの友人たちも笑って休憩することになった。疲れたら休むに限る。
落語では、意味のない掛け合い・悪気のない罵り・思い付きの無駄口などが多く聞かれる。江戸っ子の喧嘩は、売り言葉に買い言葉のやり取りから始まることが多い。もとは商いの駆け引きだったが、口争いの様を表すようになった。広告制作の仲間内では、コンセプトを表すヘッドコピーを文字通り売り言葉と言うこともあった。落語の中ではその場限りの根をもたない悪口だが、現実には笑ってすまされない命に関わる言葉もある。
■下手の功名
コミュニケーションが大事なことは誰もが知っているが、私を含め調子に乗った失言は後を絶たない。コミュニケーション力不足に悩む若い人も多い。確かに話し方が上手な人がいれば会話も弾むし座も和む。だが、必ずしも多弁・能弁である必要はない。何も言わないと最初は意見がない人のように思われるかも知れないが、後になって話が進めば誤解は解ける。対して、売り込もうとするあまりの熱弁はかえってまともに聞いてもらえず、警戒心をもたれてしまうこともある。コミュニケーションの目的は相互理解だといわれる。会話のキャッチボールとはいえ、まずは話すより聴くことが重要な気がする。誠実に聞いて、率直に答えるやり取りから、信頼が生まれ理解が進むと思う。口が立つばかりが良いコミュニケーションではないことも皆が知っている。
■売り言葉
不特定多数の児童から高齢層まで、誤解や曲解・言い間違いや聞き違い、多様な要因からさまざまな軋轢が起きるのが人の世の常だ。だが、世界・国・市町村では信任を得たはずの公人も、売り言葉に買い言葉で互いの真意を探り合い・脅し合い・騙し合って、一般市民を巻き込んでいる。うるさく騒がしくやかましい。多くのビジネスパーソンは、職場ではコンプライアンス遵守を気遣いながら、言動に注意を払って黙って仕事をしているというのに。自由とは何か・尊厳とは何か、責任とは・主張とは・信頼とは・約束とは・礼節とは。ささくれ立つ社会の中で、人は静かに穏やかにやさしく他者に接することはできないのだろうか。
自分のすべきことに専心していれば、誰かを欺く暇など無いだろうに。穏やかに暮らしたい一般人の私も、その場に立てば同じように振舞うのだろうか。衆愚の一員であることが恥ずかしい。三猿の教え(『論語』)が最善の生き方だとは思っていないが、喜びよりも不安が大きい日には、黙って理解し信ずるところに専心することも大事に思える。
「奥さん!今日の秋刀魚はいいよ!買わなきゃ損だよ!」の売り言葉に足を止めて、あらら素直に買ってしまった。何だか言いなりに動いている自分が、少し情けなく感じられた。
2025年11月7日 (金) 銀子





























