秋刀魚苦いか塩っぱいか......（佐藤春夫『秋刀魚の歌』）の悲哀とは逆に、今年の秋刀魚は良い秋刀魚とばかりに、秋の味覚を楽しんだ。が異常気候といわれた長い夏は、山海の産物にも影響を与えている。ご苦労の多い漁業・農業の現場の方々に感謝のエールを送りたい。

自然の成り行きが順調ではない時も、何とか補修改善の策を見出すのは人間の知恵と気持ちだと思う。かつて私が扱いにくい（だろう）年長の新人だった頃、ＯＪＴ担当の若い先輩は、さりげない温かな気遣いをもちつつ、表面的には容赦なく叱り指導してくれた。少したったある日、彼女は長い髪を短く切った。ヘアドネーションの為に髪を伸ばしていたのだ。ヘアドネーションとは、病気治療のため髪に悩みをもつ人に毛髪を提供して、ウィッグに役立ててもらう活動をいう。彼女の黒々と健やかな髪は、きっと誰かの不安や悲嘆を和らげたことだろう。
この夏は、小学５年生の男子が３年半かけて伸ばした髪を提供したニュースを聞いた。当初、周囲は男子なのに長髪であることをいぶかしがったが、彼の妹や友達が活動に加わり周囲の理解も進んだらしい。敬意はもっても、なかなかできることではない。若い人たちの実行力・勇気と共感力に頭が下がる。ヘアドネーションは、かつてはあまり知られていない活動だったが、今は１０～２０代の約４割がやってみたいと答えているという。
被災地や働き手の少ない過疎地での片付けや農作業、または海岸でのプラスチック回収などのボランティアにも若者が多い。身近な出来ることで、誰かのために役立ちたい若者がいることを素敵だと思う。

■面倒な善意

だが実は私はボランティアに多少の偏見をもっている。きっかけは読み書き情報支援の勉強中に実地訓練としてボランティアに参加した時、別の傾聴ボランティアグループを主宰する人から受けた相談だった。
「志は利害関係のない奉仕活動だが、回を重ねるうちに少し疑問が湧いてきた。メンバーはリタイアした年齢層が多く、それぞれ良識のある穏やかな人達だが、次第に雨が降ったから・孫が遊びに来るから・友達と会うからと突然の休みが増えていった。もちろん無理をしないで、できる時間にできる範囲で、がボランティアの原則だけれど、当てにして待っている人の予定はどうなるのか、話を聴いてほしい悩める人の気持ちはどうなのだろう。何のためのボランティアなのか分からなくなった」との内容だった。
生き生きした老後を過ごすためにボランティアを活用するのは悪くないが、無償であっても他者との約束には仕事と同じ責任が生まれるのではないか。ルール化した活動をする団体や企業ならともかく、個人の気ままな趣味とは一線を画した約束が守られる仕組みを作ることが大事になる。結局、その上で行政に相談してみることになり、その後どうなったかは知らない。
稀な例かもしれないが時に気楽なボランティアは、責任を伴わない善意と限度のない依存のベタ付く組み合わせに思えることがある。私のひねくれた性格のせいだろうが、どうも少々懐疑的になってしまうのだ。もちろん転んでいる人に手を貸すことは、人間として自然な配慮だとは思っているが。

人間が複数集まるところには必ず価値観の相違があって、同じ素敵な目標のための方法もさまざま、心理的に面倒なことも起こりやすい。小さな集まりでもやはり組織の管理ルールが必要になるのだろう。民間の個人ボランティアは、利害から離れた善なる魂の純粋な行動だと、ウェットな使命感にノメリ込むと失敗の恐れがある。お互いに、誰かの不足分を余力のある人が補う、幾分ドライな関係だと思った方がいいのかも知れない。
比べて、自分の髪を誰かの役に立てるために切って提供する、なんて思い切りのいいシンプルな行為だろう。誰も不幸にならない。若者が参加したいと思う気持ちが少しわかる気がする。面倒に引っ張られるウェットな後ろ髪など必要ないのだ。