雨天・曇天以外の日盛りは遮熱カーテンで窓を塞いでいた。久しぶりに全開してみると真夏のような町の風景が目に眩しい。まだ勢いのある熱気が雪崩込む窓を早々に閉めて、人工的な涼しさに戻って息をつぐ。体力・気力を奪う気温の脅威、仲秋とは言えまだ油断できない。

大きいケーキが食べたい、母の隣に座りたい、あっちが欲しい。幼い子の日々のトラブルは、思い通りにならない身近な欲求から始まる。程なく集団という社会生活が始まると、複雑になった人間関係から比較・羨望・嫉妬などが生まれ、フラストレーションも複雑化する。どう解決するか、成長段階で避けられない課題が出てくる。長じて社会人になり上下・左右・遠近の人間関係の中で、今度は自分の将来・成長、社会での評価・位置など新たな欲求が生まれる。マズローの欲求５段階説は個人の精神的成長のステップとも言えるが、現実は彼が整理したよりもずっと不明確に見える。功成り名を遂げた大人になっても原初的な欲求に振り回される人もいるし、市井に埋もれる孤高の哲人もいる。いずれも個々の欲求が、個々の成長の礎になるのだろう。
もちろん段階的に成長を続け、正当な権利と責任を果たす多くの社会人は、ノーベル賞は積み上げた労苦の結果であって、万人から敬愛と賞賛を得るための手段ではないことを知っているが。

■膨らむモヤモヤ

私たちの日々は、生活にまつわる小さな心配ごとや人生に関わる大きな悩みなど、さまざまな気掛かりに満ちている。心を許せる家族や友人に話すうちに解消できるものもあるが、仕事上の悩みは言っても通じないことが多いので、一人で抱え込むことになる。同僚に言うのも抵抗があるし、上司や先輩に話して今後に響くのも困る。もしかしたら考え込むほどの事ではないのかも知れないが、解消できないモヤモヤが胸に溜まっていく。
組織の中で、特に新人・若手にそんな人は意外に多い。中には面倒なモヤモヤが次第に嫌気に変わり、環境そのものが悩みの元凶であるかのように思い込んで離職する人もいる。発生した悩みや疑問は、すぐに解決するのがいい。余分な心配をせずに率直に聞いて、払拭するのがいい。と言っても、相手がいない。

■話、聴いてください

組織内のメンター制度はそうした悩める若手の受け皿として、大きな年齢差はないが経験は積んでいる、利害が直結しない別部署の先輩や上司が、業務知識やスキル、キャリア形成や人間関係など仕事上の様々な相談を受けて新人や若手の心的支援を行う。直接的に業務指導を行うＯＪＴとは違って、あくまでも心理的な応援者、頼りになる兄弟的な存在とも言える。制度というと、作為的な設定の相談など気が進まないと思う若手もいるかも知れない。
が、重く考える必要はない。迷いや疑問・解決のヒント・より良い選択肢など具体的な相談を気楽にできる人（メンター）がいれば、モヤモヤを削減して自身の成長に前向きに取り組めるだろう。心強いサポーターを得ることになる。

■大丈夫。聴きます

一方、メンターには新たなストレスが生まれるかも知れない。自分自身がまだメンタリングが必要なのに、気軽に相談できる先輩として信頼が得られるだろうか。傾聴・コミュニケーションなど頭で理解していても実際に悩みを持つ後輩（メンティ）は心を開いてくれるだろうか。なにより自分の業務で忙しいのに、時間を割いて若手の悩みを解決できるだろうか。など相当の負担を感じる。
が、重く考える必要はない。先輩ではあるが命令・指示・評価の関係ではない。過去に自分も心当たりがある悩みをもっていたのだ。気が重い役割ではなく気軽な情報源として、解決ではなく経験によって得た知恵を伝えたい。解決するのはメンターではなく、メンティ自身だ。無理に成果を求めず、改善へのヒントを伝えられれば良いのではないか。感情的になって叱責しない、自説を強要しない、親身に話を聴いて他には漏らさない、などに留意すれば、一定の信頼は得られる。
少々不自然な始まり方かも知れないが、共に考え励ます間に共感から友情が生まれ、新しい友人になるかも知れない。何よりメンターが自分自身の成長を実感できる経験になる。