かつて８月も終盤に差し掛かると、海には白波が立ち山からは涼風が下りて、朝夕に夏の終わりが近いことを感じられた。しかし今日は、窓を開けるとまだ容赦ない熱風が吹き込む。１０月まで続くというこの暑さを縫って、細々と鳴くセミが季節のつじつまを合わせている。

物の高騰や天候不順など具体的に目に見える現実は別にして、私たちの日常生活はほぼ曖昧な感覚で満ちている。何となく気が進まない・ふと思いついて・何だか落着かない、など理屈ではない人間的な気持ちの動きで進められている。それとて実は精査してみれば、何故なら・故になど経験や体調・環境や状況に繋がり、解明できることも多いのだが。
どうにもならない事をどうにかしなくてはならない時・信じ難いまたは信じたくない現実に直面した時、人は誰でも理性を離れて、つい・とっさに・思いもよらない行動をするのかも知れない。もちろん衝動が良い展開に結び付く事も、取り返しのつかない事になることもある。何事も無く穏やかで恵まれた生活の中で、「唯ぼんやりした不安」によって人生を変えた作家もいる。悪いことは起きたが今から考えるとそれが今日の幸運につながった体験から、何かあっても新しい自分のためのステップかも知れないと考え人生を面白がる人もいる。人間の生活は自分でコントロールできない、不可解・不条理・不明なことが多い。

■覚えてもできない

しかし、不特定多数が最大公約数的に動くビジネスの世界では、遅滞なく物事が運ぶように共通の言語・情報による共通の思考・認識・行動のルールがある。ビジネスパーソン（だけではない）が身に付けるべき基本であり最後まで気を緩められない原則が、相手を納得・共感・行動に導く論理的な思考、ロジカルシンキングといわれる。
かつては強烈な個性が主導することも可能だったかも知れない。が今は、異を唱える者に向かって「私がルールブックだ」と押し切ることはできない。

新人時代から一貫して習い覚え、筋道の立った説得法をしっかり学んだはずなのに、なぜか身に付かないと悩む人が多い。上司への報告や相談・顧客への対応などで、自分の考えを論理的に整理できず付け焼刃になり却って時間がかかる・筋道を立てて説明することができず話が飛びがちでうまく伝わらない・相手が感情的になるとつられて論理を感情的に返し更に怒らせてしまう・自分の仕事の優先順位を論理的に計画できない、など

■人間は偉くない

古くから仏教・キリスト教・イスラム教など多くの宗教には表現や基準は異なっても、人間なら誰でもがもっている罪ともいうべき悪意に傾き、悪行を犯すことを戒める訓えが伝わる。例えば、多くのトラブルは、傲慢(pride)・嫉妬(envy)・憤怒(wrath)・怠惰(sloth)・強欲(greed)・暴食（gluttony)・色欲（lust）などの原罪から始まることが多いという。
人間というものは本人の知性や能力と関わりのない、しょうのない内面をもっているものだとする。これらは論理とは対極的な思考、直情の心理と受け取られることも多いだろう。

しかしあくまでも私見だが、私を含めて学んでも論理的な思考が身に付かないのは、もしかすると「論理」を人間の原初的で自然な感情を無視または除外した、ビジネスパーソンの知的な作業として認識しているせいではないだろうかとも思う。話す方がそうなら、相手も同じように知的作業として受け評価するだろう。ロジカルシンキングとは理解のための自然な流れのことだと私は思っている。多分、話が通じるかどうかはスキルでもレベルの差でもなく、暗黙の人間同士の不完全さへの互いの心遣いではないかと思うのだが。
表面上は同じ報告・相談・対応でも、もし自分が相手の立場だったらと考え、内にこうした原罪を抱える弱い人間同士に、気分を逆なでしない言葉を選び、誤解を招きにくい話し方、偉そうでない誠実な振舞いを心掛けたら、幾分ほんの少しは違ってくるかも知れない。相手がどんなにビッグネームでも怖くない。と思うのは、現場の厳しさを知らない甘い考え方だろうか。私なら試してみるけど。