銀子の一筆

はじめての人

厳しかった暑さから、ようやく解放されつつあるらしい。やっと蝉の声は高まり、蚊も飛ぶようになった。季節外れの花が咲き、秋の味覚も揃いにくい。今年が初めての体験も、例年の流れになるのだろうか。自然環境の変化に応じる生き物の中で、人間は遅れているようだ。

人間は怠惰な生き物だと感じることが多い。一度決まったことは常識として疑わなくなり、初めてのことには分別で踏み込まない。程よい怠惰が賢い大人社会の処世術なのだろうか。

■難しいこともあるけれど

若い頃、初めてジャズを聴いて虜になった。どんな曲を聞いても特にベース(コントラバス)の音が耳に飛び込んできて魅せられた。聞くだけでは満足できなくなって、どうしてもウッドベースを弾きたいと思い、大学の部活はバンドに入った。
志向と現実は程遠い。才能もセンスもなく、力がなくて運びづらく、背が低くて届きにくい。手が小さいのでフレットのないベースの指板から音を探すのは容易ではなかった。もちろん音も小さく不明瞭。が、もとより不適正・不相応は承知のうえ、好きな楽器に触れていることが嬉しかった。 毎日ピアノの傍に行ってチューニングをしたが、なかなか音が定まらず一苦労だった。ピアニストは無口で穏やかでクールな先輩だった。ある時彼が言った。
「楽器は人間が作ったものだから、自分が初めてこの楽器を作った人間のつもりになればいいんだよ。チューニングは、ほかの奏者や曲そのものの邪魔をしないために大事だけど、ただの前例に過ぎない。本当は大したことじゃない。大事なのは、この音楽にこの音は本当に相応しいのかを自分の耳で探ることだ」 あぁ、私は自分の楽器だというのに既成の基準・他人の耳・書いてある正解に頼りきって、自分の感覚を研いでいないんだ、と反省した。今でも、何かに行詰った時「これに触れる初めての人間」になってゼロから考えることにしている。

と、我ながら良い心掛けだが、なかなか思う通りには行かない。例えば、私にとってはコンピュータの原理までは面白いと思えるが、具体的な機器の活用や操作になると闇の世界だ。ピアニストの教訓を差し置いて、教本やマニュアルなしでは触れないし定型のルールを守ることだけに必死になってしまう。コンピュータを初めて考えた人はすごいなあ、と感心するばかりだ。そんなIT弱者の励みになる人たちがいる。

■チャレンジできることもある

19世紀最大の天才といわれた著名な詩人バイロン(イギリスの貴族・ ロマン派詩人)の娘エイダ・ラブレス(イギリス貴族・ラブレース伯爵夫人オーガスタ・エイダ・キング)は、世界初のコンピュータプログラマーとして知られる。数学好きの母親はエイダの繊細過ぎる神経症気味な性格を論理的な思考により矯正させようと、幼少期から数学の教育を受けさせた。エイダも数学に熱中して、結婚後もチャールズ・バベッジ(イギリスの数学者・哲学者、世界初のプログラム可能な計算機の発案者)に師事していた。師の「パンチカードを利用したベルヌーイ数を求めるための解析機関用プログラム」の論文を翻訳する頃には、彼自身も気づかなかったバグを発見するほど知見は深くなっていった。
難解な機械理論を0と1による「2進法」で進めれば、一般の人にも分かりやすい説明が可能になると考えた。例えば、「既成の和音や音の長さなど作曲理論の音階や速度などを数値化して基本構成に組み合わせれば、複雑で繊細な音楽作品を作曲することもできるのではないか」など単なる計算機ではなく、今でいう人工知能につながる機能を先見している。(異論もあるが)初のプログラマーは、こうなったら面白いだろうという好奇心で動き始めたのだ。
一方、約200年後の現代、81歳でゲームアプリを開発した世界最高齢のプログラマーは、現在88歳の日本人女性だ。58歳で初めてパソコンに触れた。既存のプログラムには見当たらなかったので、自分がしたいことをするためのプログラムを自分で作ってしまった。

好奇心から出発して理論を画期的な実用範囲に広げた人も、自分が楽しむために欲しいプログラムを作った人も、どちらも一途な情熱にあふれている。功名や利益・義務や課題のためでなく、自ら湧きあがる好奇心が初めての挑戦を促している。志向の違い・ものの大小・相性の相違はあっても、年齢や立場に関わらず日々の小さな自発的な開拓チャレンジは誰にでも可能なのだと思わせてくれる。

2023年10月11日 (水) 銀子

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