銀子の一筆

笑う門に福が来るなら

山の雪が解け、春が訪れることを、季語では「山笑う」ともいう。
山間に暖かな風が吹き、芽吹き始めた草木で山々がうっすらと色づくことだ。
凍りつく季節も、怠けずに辛抱すれば良い日も来る。
先行きが不透明な時代にあっても、私たちは笑っているか?

ひと昔前、入社面接時は真剣な真顔と決まっていたが、今は適度な笑顔を交える方が印象は良いとされる。 アスリートも同様、かつてヘラヘラして不謹慎とされた笑顔は、免疫力・筋力・集中力などをアップ、 自律神経を整えてリラックス効果を生むとして今は推奨されている。

そういえば、と高校時代の先生の話を思い出した。
「古代ギリシャでは演劇とは悲劇のことでした。悲劇の原型は『気がついた時には遅かった』です。 その後、喜劇が誕生します。喜劇の原型はパロディ『気がついたら遅かった。と思ったらそうでもなかった。めでたし、めでたし』です。

人を泣かせることはたやすいけれど、笑わせることは難しいです。
人間の精神活動が高度にならないと、喜劇は生まれない、といっていいでしょう。 つまり、「笑い」は、頭脳が活発で想像力がなくては生まれません」
というような話だった。なるほど日常的にも「笑い」という余裕がない暮らしは、不健康で不自由な気がする。辛い時にも、笑いはひと時の救いになることがある。

ある時の夕食の際、魚の骨が喉に刺さった。迷信と知りつつご飯を飲みこんだり、 水を飲んだりしたが取れない。翌朝、耳鼻咽喉科へ行って抜いてもらった。
処置はすぐに終わったが、違和感と痛みが残って、少し病人気分だった。
席を立つ時、カルテに書かれた医師のメモに気がついた。 「さんま」とだけ大きく書いてあった。 正しい記述なのだが何か滑稽で、思わず笑い出してしまった。

気分は一新して、痛みも忘れた。
その時だけの単純な笑いにも、気を晴らす効果があることを知った。 痛くても悲しくても辛くても、一日一回くらいは笑わないと体に悪いような気がする。

最近、ダイバーシティの普及から多様性を意識した課題や、ハラスメントなどから起こる職場内のメンタルヘルスが注目されている。 労働力不足、人権の尊重、転職の増加などを背景に、コミュニケーションのあり方が問われている。
一言で言えるほど実情は単純ではないが、日常的に笑い合える瞬間が何回かあれば、 笑顔の絶対量が増えて「笑い効果」も倍増するのではないかと思う。
社会には笑顔で解決できないことが多いが、笑顔があれば悪化を少し食い止めることはできそうだ。

文化人類学では、日本の僧侶の説法には古くから「笑い」が入ることが多く、檀家の連帯感が増して訓えが浸透しやすい効果があるという説がある。
また医学的には、笑うと人体内のNK(ナチュラルキラー)細胞が活性化して免疫力が向上するらしい。 積極的に落語会などを開いて治療効果をあげている病院も多い。
アニマルセラピーやクリニクラウンで「笑い」を導入する医療機関も増えた。 無理にでも口角を上げて笑顔をつくるだけでも良いとされる。
表情筋の動きに脳が反応してセロトニン(幸せホルモン)を分泌し、自律神経を整えて体調を向上させるらしい、と知って以来、 なるべく口角を上げて過ごそうとしている。

先日電車を待つホームで、70歳を超す私に、80歳は超えているであろう紳士が、 「笑顔がいいですね。ご一緒にお茶でもいかがですか?」と話しかけてきた。
あははは。お茶は丁重にお断りしたが、ちょっとは社会平和に貢献したのかなぁ。

2020年 4月 22日 (水) 銀子

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