銀子の一筆

町の孤島

次から次へと騒がしい世の中だが、少しは落ち着く方向に向かっているのだろうか。疲れを癒す湯に浸かる、ありもので質素な肴をつくる、気が置けない人の笑い声を聞くなど平凡な暮らしのホッとするひと時の貴重に気づき、ことさらに感謝すべき時代なのかも知れない。

約2年半前に始まったパンデミック以降、リモートワークを導入する企業が増え、働き方改革と相まって定着させる職場も多い。これを機に地方移住する人も増えたらしい。都会で暮らす多くの人が、自然豊かな地方でのワーク・ライフ・バランスを望むのは大いに理解できる。しかし、田園には田園の、都会には都会の憂鬱があることは、佐藤春夫の小説を待たなくても十分想像がつく。そもそも憂鬱を伴わない生活などどこにもないのだから、どちらの憂鬱と相性がいいのかの、折り合いになるのだろう。

◆リモートはベテラン

仕事の内容にもよるが、リモートワークになって職場を離れた孤立感からモチベーションが落ちて不調になる人と、そうでない人がいる。リモートワークも相性があるようだ。  
私の場合、50年以上もフリーランスだったので、一人で仕事をすることが当たり前だった。協力してくれる仲間もいたし、相談する人もいたが、通常は迷う時も落ち込む時も、管理するのもされるのも一人だった。毎朝自分のデスクに出勤するつもりで始業すると、今日の仕事に対するモチベーションが湧いてきた。孤独との相性が良かったのかもしれない。  
という訳で、今回のパンデミックでリモートワークになった時も違和感なく、あるべき仕事環境に戻った感じだった。通勤時間が自分の時間になって有意義だし、通勤ストレスなしで仕事ができる環境に満足していた。
むしろ勤務時間内は職場とZoomでつながっているため、(やや臨場感には乏しいが)困ったときにはいつでも相談できる心強さがあった。いつしかリモートワーカーとして「離れていても一員です」という安心感や一体感が生まれていたのかも知れない。  

◆突然の孤立

ある午後、いつも通り仕事をしていると、突然PCのキーボードが操作不能になった。驚いて、いろいろ試してみた。自力では限界で、先輩に相談し上司に相談してさまざま試みた。そうこうしているうちに、次第に別の操作もおかしくなり、ついには「ピー!」という耳障りな警告音が鳴って強制再起動を繰り返すようになってしまった。(やめて。騒がないで!)
職場との連絡も電話になったが、電話番号を探すにもひと汗かいた。  
長い付き合いがあるメンテナンス会社に電話すると折しもの夏季休暇、メーカーに電話すると修理依頼以外は相談も受け付けないらしい。購入店に電話すると「持ってきてもらった方が早い」とのこと。東京は命に関わる暑さという日に、デイパックに入れて担いで行った。
PCがあまりの暑さで熱暴走を起こしたらしかった。「最近、同じような相談が多いんですよ」と担当者が言っていた。PCは半日で回復したが、私は暑さと重さと、焦りと困惑で疲れ果てた。(休みにしておいてよかった。だいたい、不明なことにPCの裏側のファンなんて気にしたことがなかったのだ)  

◆町の孤島

怖かったのはPCの不調よりも、突然の孤立だった。集合住宅に住む私には隣人がいる。外を歩けば、挨拶する顔見知りがいる。近くに頼りになる友人も掛かりつけ医もいる。電車に乗れば職場に着く。町は利便性に満ちていて、無用の干渉もないので、一人暮らしの不安もなく快適だった。  
しかし、密なやり取りをする仕事ではないが、一たび職場につながる伝手が切れると急激な孤立感に襲われた。私は何かにつけても信じ込まない疑い深い質だったはずだが、いつの間にかPCを信じ込み、職場とつながっていることを疑わずに暮らしていたのだろう。  

大きな事件や災厄から命と生活を守ることはリスク管理の第一義だが、本当に怖いのは人間が〇山〇子などの固有名詞でなくなり、十把一絡げの「犠牲者」「不明者」などの普通名詞になること、アイデンティティの喪失だ。
PCやスマホに自分に関する情報源を任せきりにしていないか。一人になった時に、PCやスマホがなくても自分が自分であることを保って凌げるか。改めて問えば一片の自信もない。防災グッズでは埋められない個人の危機管理を、自分で考えておかなければならないと思った。孤独には強くても、人は孤立には無力になりがちだ。誰もが都会の真ん中で、外界から遮断された「孤島の住人」になる可能性があるのだから。  

2022年9月14日 (水) 銀子

もっと見る

記事一覧へ

関連リンク

無料PDF資料 人材育成、成功のコツ

  • 研修担当者の虎の巻

    はじめて研修担当となる方向け
    「研修の手引き」

    「そもそも研修ってどういうもの」「担当になったら何からやるの」など、研修ご担当者になったらまずは読んでいただきたい内容をまとめてご紹介しています。

    今すぐダウンロード

インソースからのお知らせ
(障がい者福祉のオンラインショップ)

mon champ

インソースでは、障がいのある方々が製造するお菓子やドリンクを取り扱うECサイト「mon champ」を運営しています。そして、ここで得られた売上を、製造元の福祉団体・パートナーへ還元しています。

商品は、皆さまが日頃よりお世話になっている大切な方へ、是非、真心を込めてお贈りいただきたいおいしいものばかりです。この気持ちを、製造者さまからインソース、インソースから皆さま、そして皆さまから大切な方々へと、つないでいただければ幸いです。

各種コラム

人材育成関連

  • 人材育成ノウハウ ins-pedia
  • 人事・労務に関する重要語辞典 人事・労務キーワード集
  • 人気のメルマガをWEBでもお届け Insouce Letter
  • インソースアーカイブス
  • 全力Q&A インソースの事業・サービスについてとことん丁寧にご説明します
  • インソース 時代に挑む
  • 全力ケーススタディ 研修テーマ別の各業界・職種向けケース一覧
  • 新入社員研修を成功させる10のポイント
  • 研修受講体験記 研修見聞録
  • 人事担当者30のお悩み

仕事のスキルアップ

  • 上司が唸る書き方シリーズ ビジネス文書作成のポイントと文例集
  • はたらコラム はたらく人への面白記事まとめました
  • クレーム対応の勘所
  • 人事のお役立ちニュース

銀子シリーズ

  • 七十代社員の人生録 銀子の一筆
  • シルバー就業日記 銀子とマチ子
  • 人気研修で川柳 銀子の一句

開催中の無料セミナー

  • WEBins
  • モンシャン