役員の要件~役員はただの熱血漢や社長の腰巾着ではダメ|マネージャーの要件5
インソースは日本で最も役員研修の問い合わせが多い会社ではないかと思います。プライム上場の企業であり、外国人株主比率も2割を超えているので、役員の義務、株主との関係を良く知っているのではないかと思われているのが理由だと思います。ご相談に共通するのが、役員と部長の違いをしっかり教えて欲しいというものです。これについては、「テレビドラマに出てくるただの熱血漢や社長の腰巾着が役員じゃないということです」と分かった様な、分からない説明をしています。(ここでは、役員=取締役として説明していますが、執行役員も同じ能力が必要です)
役員は数字で考える人~ただの熱血漢ではダメ
役員は取締役会に参加し、会社運営上の重要な意思決定を自らの評決によって行うのが仕事です。その際、取締役が負う法的義務として、特に善管注意義務(善良な管理者の注意義務、会社法第330条、民法第644条)を守ることが求められます。これは会社の利益を守るため、職務を遂行する際に合理的な注意を払うことを求める義務です。
あなたが取締役だったとしましょう。「今の場所が不便で社員は困っている」という事に心を痛め、熱血漢のあなたは、本社事務所を巨大ターミナル近くの賃貸オフィス移転に移転することを取締役会にかけるとします。このとき、「困っている」という理由だけを根拠として判断しては、善管注意義務を果たしたことにはなりません。
少なくとも、移転にかかる費用と移転後の家賃等が現在の費用と比較し、どれぐらいの額増加、減少するのか、また、移転により従業員の満足度が上がり、どれぐらいの退職防止効果が見込まれるか(その際も採用コストの減少で数値化が必要)など会社の営業利益に与えるインパクトを数値で説明し、プラスに作用するものでなくてはいけません。
あくまで投資額や利益額で説明、議論し、取締役会で株主利益を増す内容であると判断し決議した上で移転を実行しないと、善管注意義務違反になってしまいます。
取締役の独断で移転を進めた場合、会社に対する損害賠償責任(会社法第423条)が課せられる可能性があります。また、賃貸契約を先行し、キャンセルすることとなった場合、ビルオーナーに対する損害賠償責任(会社法第429条)を負う可能性があります。株主総会で、株主から退任を要求されることにもなりかねません。
役員は自立して考える人~社長の腰巾着ではダメ
「私は○○社長から引き立ててもらって取締役になった恩義がある」......私も社長なので、「かわいい部下だな」とちょっとは思いますが、これは大きな間違いです。社長の引き立てがあったにせよ、取締役の指名は株主総会で行われたもの(会社法第329条1項)です。よって、「株主が選んだ」が正解です。なので、株主の現在および未来の最大利益をはかるのが仕事となります。あえて未来と書いたのは、企業は継続して「なんぼ」だからです。未来永劫、社員、社会と共に発展し、利益の総額を増加させるために最善の決断をするのが取締役の責務です。
必要なのは、会社を存続、発展させる合理的な判断です。
役員は多面的に判断する人~多様な他者視点を想定し、多面的に判断する
数字で考えた損得に加え、合理的な判断をするポイントは利害関係者の他者視点で見てみることであると考えます。
会社には多様な利害関係者がいます。株主、従業員、顧客、取引先、地域社会、規制当局、ライバル企業、自分の家族、時には輸出先・進出先の国家 等々。彼ら各々にこの判断がどう映るのかなと考えるのが良いと思います。
企業、特に上場企業はグローバルな株主の意向に逆らえません。あるテレビ局の問題で大手企業がCM出稿を取りやめたのも、「人権問題で疑義がある企業と取引を継続する事」を先進国の株主や顧客が強く問題視し、自社株式の売却、株主総会での否決、先進国での売上減に直結するからに他なりません。日本国内の論理では決められないのが現実です。
ましてや、「社長のご意向」のような社内の論理は取締役になった以上、忘れるべきです。もし、「社長のご意向」の様な案件が取締役会にかかったとしても、しっかり必要な情報を十分に収集し合理的根拠に基づき判断すべきです。
役員は勉強する人~自らの専門以外の勉強をして欲しい
取締役になった方、目指す方は自らの専門分野以外も勉強して欲しいと強く思います。技術以外は興味がない理系の方もいるとは思いますが、押さえておくべきことはそんなに多くはないと思います。
1. 決算書が読める様に勉強する
社員一人当たりとか、製品1つあたりなど単位をそろえて、前年比、ライバルである他社比で決算書を読んでください。その際、売上高、粗利率、販管費率、営業利益額、負債額などに注目して比較して問題意識が持てればだいたい良いと思います。
2. 会社法をざっと知っておく
さらっとでいいのでとにかく一度目を通しておくのをお勧めします。ネットでも読めます。これを読めば、社長ってあんまり偉くない事がよく分かります。善管注意義務についても再認識してください。
3. 多様な「対応策」を自らの内部に蓄積すべく勉強する
経営はライバルとの競争に打ち勝つ事です。なので、さまざまな場面で戦略、戦術、戦闘を繰り出してライバルを凌駕する必要があります。さまざまな経営者の話を聞く、経営書を読む、戦史を眺める、インソースの研修に参加する(これは広告)など人がやった過去の「対応策」のストックを増やして、考えうる打ち手を増やす努力が絶対必要になります。
最後に立場を利用して個人的利益を優先することはやめましょう。背任行為として、株主総会で取締役の解任理由になります。
4.あらゆる資料を徹底的に読み込む
取締役になれば、今以上に忙しくなります。しかし、取締役会での説明時、部下が用意した資料をただ読むだけとか、ポイントをつかんでさらっと説明するだけでは善管注意義務を十分に果たしているとは言えないだけでなく、取締役会で存在感のない、「軽い人」で終わってしまいます。
説明時は、資料を徹底的に読み込み、改めて自ら事実関係を把握し、裏を取り、データを頭に入れるなど事前準備を徹底し、話すべきです。事前準備が徹底されていれば、話下手な人であっても、表情、話すスピード、声のトーンなど細部に自信が表れ、堂々とした姿として他の役員に映ります。取締役会の前には資料の読み込みは絶対にやってください。とにかく、読み上げはカッコ悪いです。
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<本記事の筆者>
株式会社インソース 代表取締役 執行役員社長
舟橋 孝之(ふなはし たかゆき)
1964年生まれ。神戸大学経営学部商学科卒業後、株式会社三和銀行(現・株式会社三菱UFJ銀行)に入行し、システム開発や新商品開発を担当。店頭公開流通業で新規事業開発を担当後、教育・研修のコンサルティング会社である株式会社インソースを2002年に設立。2016年に東証マザーズ市場に上場、2017年には東証第一部市場(現プライム市場)に市場変更。
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