課長の要件~課長は勇気を持ってPDCAを回す人|マネージャーの要件3
京セラ・第二電電創業者で元日本航空名誉会長の稲盛和夫氏の言葉に「課長が本気で組織を動かせば、経営者が何もしなくても会社は伸びる」というものがあります。さまざまな名経営者も同種の事をおっしゃっています。23年間社長をやってきて、私も心からそう思います。では具体的にはどういう事かと私なりに申し上げると、優秀な課長とは「勇気を持ってPDCAを回し、確実に仕事をこなしてくれる人」が私の考えにしっくりきます。
PDCAを回すとはどんな事なのか?
企業経営とはPDCAを回し、計画を達成し続けることです。課長は、組織の中で、仕事を完結できる最小単位の長です。課長全員が与えられた計画や目標を100%完遂することで企業の経営が成り立つのです。
課長は与えられた経営資源である、人材、経費、時間を活用し、自ら計画を立て、采配を振るって業務を遂行し、その状況を随時チェックし、やり方を修正しつつ着実に仕事を進めることが求められています。よって、課長には管理者として求められる多様な経営スキルが必要です。
勇気を持つとはどんな事か~嫌われる勇気、粘る勇気、困難に挑む勇気
多様なスキルに加え、課長には強い心、勇気が必要です。リーダーとして信頼されるため率先して嫌な、困難な仕事に挑む勇気であったり、ルール通りに仕事が行われているかチェックし、部下に嫌われることを恐れず指導する勇気であったり、社内の他部署、上司、時には取引先とハードな交渉をする勇気が必要になります。いちいち簡単に妥協していたら計画通りに仕事をすることは不可能です。ありのままの弱い自分を乗り越える勇気が必要です。
自分の中に「大きな物語」を持つ事で勇気を得て、孤独を克服する
弱さを乗り越える鍵は自らの中に個人を越える「大きな物語」を持つ事です。部下やその家族の生活を守るためにとか、社会課題を解決するとか、無私の願望を実現するために働いているんだということを自覚する事で強くなり、勇気を得る事ができ、リーダーとしての孤独を克服する事ができると思います。それでも勇気が出ず、孤独が癒されない時は先人の経験や知恵の宝庫である本を読む、読書が最も適切な対策です。前述の稲盛和夫氏の著書などに勇気をもらって癒されてください。
PDCAを回すために必要な課長の要件
PDCAをしっかり回すために必要な課長に求められる要件を具体的に洗い出してみました。
計画が立てられる(P)~KPTで洗い出して考えることができる
計画を立てる事は本当に難しいものです。会社方針や内部・外部環境は絶えず変化しているので、前年と同じ計画ではうまくいきません。私は現場で計画を立てるにはKPTで業務を整理するのが分かりやすく簡単なのでよく活用しています。
- Keep:現状維持すべき事は何か?
- Problem:現状の課題は何か?
- Try:挑戦すべきことは何か?
Problem:課題(=弱さ)は細かく洗い出すのが基本です。自ら考え抜くだけでなく上司や部下と議論したりして洗い出します。自らの思考の幅を広げる努力も課長には必要です。読書などで自己研鑽を続ければ視野が広がり、高い視点から洗い出しができるようになります。課題は細かく分解すれば対処は簡単なります。一つ一つ課題をつぶしていけば着実に成果に結びつきます。
Try:挑戦で重要なのは適切なレベルです。絶対に達成できる低すぎるレベル設定は課長としての見識を疑われます。また高すぎるレベル設定ではチームのやる気が失われる元になります。レベル設定は会社計画、チームの能力を勘案し、計画期間中にがんばればできる最大限に設定する事が基本です。
Keep:現状維持とする事も慎重に判断すべきです。変化を選ばないと高い目標は実現できないし、変化が大きすぎると部下が不安になったり、抵抗したりして、挑戦の質や高さを阻害する事になりかねません。私は経験的に現状維持7割、変化3割ぐらいで施策を立てる様にしています。
実行(D)~課長の采配力、スピードと集中、リスク排除、業務改善 部下の教育
実行フェーズの定石は、まず、課長が采配力を発揮し、計画段階で洗い出した課題なり、挑戦項目を自分と部下の能力に応じて配分し、自ら支援しながら実行していくことです。ただ、困難な課題や目標は担当者任せにせず、課長が采配力を発揮し、チーム一丸となって取り組むと一気に解決できます。大きな課題を乗り越える事で組織に自信と勢いつきます。時には「スピード」と「集中」をうまく活用してチームを率いるのが何より重要です。
課長はチームの目標達成に向けて業務を推進する一方で、リスクを予測し、対策を講じてトラブルを未然に防ぐ役割も担います。また、効率の悪い業務の改善にも取り組む必要があります。加えて、部下のレベルアップをするのも課長の仕事です。係長やベテランに若手のOJTを依頼するだけでなく、OFF-JTとして自らの経験や業務知識を伝えるための勉強会を主催するなどして積極的に戦力増強に努めることが求められます。部下育成に熱心な上司は部下が育つだけでなく、部下から信頼され慕われる事にもつながります。
チェック(C)~後悔の中から教訓を得る
私の過去のビジネス経験の中で、計画通りに仕事が進んだことは残念ながら1回もありません。『なんでこのタイミングで手を打たなかったのだろう』などとチェックのタイミングで毎回後悔しています。そんな後悔の中から得た教訓は以下の通りです。
- 最悪を探し、悪さを見つめる
人はつい、悪い状況でもどこかに「救い」を求めてしまいがちです。心理的安全性を確保ために楽天的に考えることは大事な事です。しかし、正しいチェックを実行するためには「最悪」を探すのです。「悪さ」が際立つところを探します。「前年比15%増」だけを見ると悪くない数字ですが、「5年前との比較では30%減」「ライバルは30%増」など多様な分析を通じて「悪さ」を全力で探します。「絶望的な悪さ」こそが「最善の策」への近道です。
- 分析の妥当性を良く考える
『ターゲット市場の縮小で売上が減少しているのでダメだった』みたいな分析は妥当性を徹底的に検証すべきだと考えています。こんな状況でも、ライバルが撤退するなど競争環境が変われば、残存者利益が狙える大チャンスかもしれないのです。自部署にとって本当に「ダメ」なのか熟慮すべきです。
- 自分の采配ミスを検証する
結局、チームの成果が悪いのはメンバーではなく、リーダーである自分の計画や采配のミスでしかありません。これを人(部下)のせいにしていてはまず、チェックになりません。部下ができないのは計画がまずいか、配置がまずいか、教育が足りないのかが原因だからです。
改善(A)~早く動け
課長の動きとしては、スピード一択です。迅速に行動することこそ重要です。
最後に~PDCAは大きく回そう
自部署の目標を達成するためにPDCAを回すのが課長の本分です。しかし、具体的に成果が上がれば、その方法を全社に展開し、企業革新につなげて欲しいと思います。1990年代、大手化学メーカーの話ではありますが、現場発想の生産革新(ダイセル生産方式 【事例】ご参照)を組織全体へ波及させ、大きな成功を収めた例もあります。PDCAの輪は大きく回してこそです。
【事例】一つの改善運動から生産革新となった「ダイセル生産方式」
1990年代半ばのダイセル網干工場では、大量の定年退職を目前として、ベテラン作業者の技能伝承、国際競争力の強化という課題を抱えていた。さらに、就業者の意識が多様化し、製造業離れが進む中で、現場ではやらされ感、多忙感が増し、品質の改善や生産性向上の取り組みに停滞が生じていた。
このような危機感を背景として、「21世紀のあるべきモノづくり」を目指して、新たな切り口での革新的な取り組みが必要という小河義美氏(当時、網干工場酢酸セルロース課部員)の考えに賛同したミドルマネージャーが中心となり、業務時間外に自主的に集まり、検討が始まった。これがのちに生産革新として結実し、業務革新へと展開していく活動の源流であった。
得られた効果は大きく、人の生産性3倍、作業負担1/10、品質が向上した。また、ビジネスモデル特許(生産革新手法・知的生産運転方法・知的生産システム)として資産化した。「ダイセル方式」として認知され、工場には多くの見学者が訪れている。
改革において最も重要なことはトップの意思(決断、ミドルへの権限委譲)とミドルの熱意(工場を変えたい、自ら率先して改革を実行する)、そして工場全体をいかに展開できるかが鍵となる。ミドルは大胆な目標(ビジョン)を設定することで、現状の仕事を否定することから始まり、モノづくりに従事する全員に仕組みの問題点を共有化させる必要がある。また、目標設定と同時に綿密な計画を立て、目指す姿や目標だけでなく、やり方(ロードマップ)も示すことが大切である。実行にあたっては、ミドルが「やってみせる」必要があり、最初に3S(整理、整頓、清掃)など当たり前のこと、基本的なことから着手することが肝要である。この過程においてもミドル自らが計画立案し、試行し、計画を見直し、全員に提案し、実践するというサイクルを回すことがプロジェクトマネジメントとしても重要である。
出所:
①『ダイセル式生産革新はこうして生まれた』
松島茂・株式会社ダイセル著 化学工業日報社 (5)、P118
②株式会社ダイセルWebページ(http://www.daicel.com/daicel-production-innovation/)より一部抜粋(最終アクセス:2025/10/23)
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<本記事の筆者>
株式会社インソース 代表取締役 執行役員社長
舟橋 孝之(ふなはし たかゆき)
1964年生まれ。神戸大学経営学部商学科卒業後、株式会社三和銀行(現・株式会社三菱UFJ銀行)に入行し、システム開発や新商品開発を担当。店頭公開流通業で新規事業開発を担当後、教育・研修のコンサルティング会社である株式会社インソースを2002年に設立。2016年に東証マザーズ市場に上場、2017年には東証第一部市場(現プライム市場)に市場変更。
マネージャーの要件シリーズ





