銀子の一筆

かかせない文書術

立秋を過ぎてひと月以上、カレンダーを見直すような暑さが続いた。が、次第に日が短くなって、朝夕はほんの少しずつ秋の気配が増している。長い夏は誰もが合言葉のように「暑いですね」と言い交していたが、ようやく「涼しくなりましたね」と言える日が近づいている。

世情や信条・施策や出来事に対する反応から贔屓チームの勝敗まで、世の中は賛否・好悪の各論に溢れている。誰でもが対立することなく話せるのは時候の挨拶くらいだろうか。
広告の仕事をしていた頃、プレゼンテーションのコツや心がけ、ヒントなどを多く学んだ。
「人は一度Yesと言うと引き続きYesと言いやすくなる。一度口にしたNoを変えるのは難しい。だから本筋に入る前に相手のYes癖をつけることが大事。誰もが素直に共感できる話、例えば寒暖や晴雨など単純で損得のない話から入るといい」と言ったのは当時の広告業界で著名な講師だった。なるほど、すんなり空気を共有できる。日常生活にも役に立つ。
しかし、会話ではなく文書だったらどうだろう。どんな風に最初の距離を縮めるのだろう。コロナ以降、対面が減ってメールを含めた文書のもつ役割は大きくなっているのだろうか。

■表せないもどかしさ

先日、ビジネス文書について悩んでいる人が多いことを知った。

  • ・簡明で分かりやすく書きたいが、説明がだらだらして冗長な文になってしまう
  • ・情報が不足しないように意識すると、文字だらけの資料みたいになる
  • ・校正を繰り返すたびに文章量が増えてしまい、スリム化できない
  • ・読み手が知りたいことを推測し、自分が伝えたいことを表す文章にできない
  • ・簡潔を目指すと内容不足、詳細を列挙すると説明過多で論点がぼやけてしまう

いずれも「頭では分かっているが、形にまとめられない」悩みのようだ。
(分かる、分かる。この道一筋50年たっても、なかなか上手くいかない)
誰にでも書けそうで難しいのがビジネス文書かも知れない。

■見せる難しさ

ビジネス文書は、不特定多数に宛てる公開文書から官公庁・団体・企業・自社の上長などに向けたもの、改正法案や陳情書・提案書・稟議書・依頼書や報告書、公報や会報など、宛先や目的によって定型のフォームやプロットがある場合が多い。定型を利用すれば多くの人が受け入れやすくなるが、個性は薄まり差別化が難しく訴求効果が弱くなる。逆に自己流にすればオリジナリティは増すが、異論も大きくなる。試行錯誤すれば、ますます混乱する。

読んでも見ても相手に通じるべきビジネス文書特有の難しさだ。過不足がなくてストレートに届く良い文書を作るだけでなく、見やすくするために箇条書きを入れる・小見出しをつけるなどの工夫、分かりやすい表現のための語彙の収集・言葉の選択などの努力を各人が重ねているだろう。良いと思った他人の文章をマネて書いてみる・参考になるまとめ方を倣うことも効果的な訓練になるだろう。だが、独学は迷いが解けず行詰りやすい。
まずは用途に応じた基礎、5W1Hはもとよりマインドや姿勢、注意点や進め方などを(手前味噌になるが)研修でしっかり身につけるのが得策だと思う。あとは訓練を重ねることで無意識のうちに侵しがちな、誤って伝わる危険や相手に対する失礼を回避できるようになる。

■見えない難しさ

が、難しいのはここからだ。上手いけれど感じが悪い文章、拙いけれど好感がもてる文章がある。文芸作品ではないビジネス文書でも、ニュアンスや言葉の選び方などから個性は隠し切れず、感じの良し悪し・距離の遠近・人柄の片鱗が伝わってしまう。始末に悪いのは、これらの個性は本人には分からないことが多く、相手からも指摘されないことだ。何冊の入門書を読むより、時々第三者に印象の良し悪し・表現の過不足など率直な意見をもらうと効果的だ。努力の方向が見つかれば、成果につながりやすくなる。

公的な文書の怖さは、書き手の個性がにじみ出てしまうのと同時に、組織の印象に直結してしまうことだ。ラフ過ぎれば品格を落とし、過剰な丁寧や遜りは見識の低さを表してしまう。私信と違って、自分を売り込むニュアンスが強ければ組織の風土を測られ、遠慮が過ぎれば組織の意欲が疑われる。結局、何が大事かと言えば、いかなる組織であっても伝えるべきは美辞麗句よりも「力を尽くします」と言う誠意だけかも知れない。
ビジネス文書もまた、流れるように巧みな文章より、まず相手の胸に届く誠意ある共感を表すべきだと肝に銘じたい。

2023年9月6日 (水) 銀子

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