2020年2月28日
時間外労働の上限規制によって多くの職場が一層の生産性向上に迫られる中、従業員が働き方改革を行うためのモチベーションとはどのようなものがあるのかについて、二松学舎大学の加藤木綿美専任講師と明治学院大学の岩尾俊兵専任講師に寄稿してもらった。
加藤木綿美 二松学舎大学 専任講師
岩尾俊兵 明治学院大学 専任講師
2019年4月1日から働き方改革関連法が順次施行された。その中心となるのが時間外労働の上限規制の導入である。しかし、「残業時間を減らすように」と指示が出された際に、何をどのように進めればよいのか、明確な答えを持ち合わせている従業員はどれだけいるのだろうか。
従業員の中には「必要だからこそ残業している」意識がある場合も少なくない。規制を敷いて無理やり帰そうとしても、「仕事が終わらない」「売上や顧客満足度は下がって良いのか」「残業代が無くなると生活が維持できない」などの考えがまず頭に浮かぶだろう。
時間外労働の是正にあたっては生産性の向上や業務の見直しが必要となるわけであるが、それらの働き方改革を推進する役目を担っているのもまた彼ら従業員であるという点が問題になるのである。このため、すでに時間外労働を行っている従業員が時間外労働を減らすための取り組みを行うことでさらに仕事を抱えるというジレンマに陥る可能性もある。
働くためにはモチベーションが必要だが、それと同様に、働き方改革を行うにあたってもモチベーションが必要となる。では、働き方改革を行うためのモチベーションとはどのようなものがあるのだろうか。
この疑問に答えるべく、働き方改革でユニークな取り組みを行っている3社の事例を見ていく。
SCSKでは2013年度から「スマートワーク・チャレンジ20」を開始。この中で「浮いた残業代を社員に全額還元」を行った。残業を減らすことは良いことだと皆漠然とは思っているが、実際に実行するとなると意欲や推進力が持続しない。そんな中、会社が残業代を社員に還元すると明確に示したことにより、取り組みが促進された。
最初から全社員が諸手をあげて邁進したかというと、ばらつきがかなりあったものの、各階層に共鳴して動く人がいて、独自の考え方で進めるというのが起こってきた。「やってみたら意外とできた。残業時間を減らして仕事をやるのは大変だけど、本当はできた方がいい」と段々広がってきた。
労働時間削減は評価に直結はしていないが、社員の目標管理の中に労働時間削減の目標を必ず一つ入れるようになっているため、間接的に評価されている。また、課長・部長層は組織ごとに残業時間の目標があるため、一部のマネジメント能力として評価している。
残業時間は大幅減、有給休暇取得日数増、営業利益増
SCSK営業利益と残業時間・有給休暇取得日数の推移

(出所)SCSK作成資料
はるやまホールディングス(HD)では、第一段階の施策として、ノー残業デーの実施、社内パソコンの持ち出し禁止、火~金曜の13 ~ 14時は会議・対話・立ち歩き禁止とする「頑張るタイム」の実施を行い、残業を削減することができた。
しかし、社内アンケートを行った結果、「早く帰れと言うが、給料が減った」という意見が多く寄せられた。そこで、固定残業と逆の考え方で、残業をしなかったらもらえる「ノー残業手当」を導入し、これが取り組みを推進した。
マネジメント層による取り組みも行われ、本部から店舗への指示出しを月曜に限定、意味のない報告書や帳票の停止、店舗の定休日の設定と営業時間の短縮を行った。定休日や営業時間短縮は店舗スタッフからも反対の声があがったが、試算では売上は3%下がるが利益は5%以上上がり、従業員の残業も削減される予測で、テスト的に10店舗から始め、予想通りに推移した。定休日を設けた店舗は33店舗に拡大している。
残業をしなかったことに対する人事評価としては、賞与の査定にプラスになっている。昇進の評価には含まれていないが、今後よりシンプルに評価できる制度を導入する方針である。
残業時間は、前年比15%減
はるやまHD残業時間の推移

(出所)はるやまHD作成資料
大日本印刷では、働き方変革活動として、第一に時間資源創出ステージとして、労働時間目標を明示、第二に時間資源有効活用ステージとして、つくった時間を有効活用する活動、第三に仕事の付加価値向上ステージとして、時間創出から生産性向上へと活動をシフトし、効率的・効果的な働き方の実践、個人や職場の活力向上を掲げ活動を展開し、仕事の付加価値向上の視点で取り組みを行っている。
活動は環境変化に対応し事業構造を変革することが目的であり、作業(ワーク)を減らし、仕事(クリエイティブ)を増やすことに注力し、減らした時間をより高い価値に変える取り組みを実践していった。
社内アンケートで「この3年間で一番良くなったこと」を問うと、「労働時間が減少した・有給取得率が向上した」と回答した割合が高いが、次に良くなったこととして回答したのが、「新しい仕事に取り組み始めた」18%、「研修・展示会・自己研鑽にいけるようになった」14.3%だった。ワクワクを作り出す。その状態を作るのが働き方変革である。
以上3社の取り組みは、経営学のモチベーション理論と照らし合わせても整合的である。米国の研究者ハーズバーグの動機づけ衛生理論によれば、仕事にはその仕事へ意欲を引き出す「動機づけ要因」と、その仕事を辞めたくなる「衛生要因」とがあり、両者は多くの場合重ならないという。すなわち、動機づけ要因があればモチベーションが高まるし、衛生要因があればモチベーションが低下するということである。
重要なのは、衛生要因が悪化しすぎるとモチベーションが低下するが、衛生要因をいくら高めてもモチベーションは生まれないということだ。多くの人が、給与はモチベーションにつながると考えがちだが、ハーズバーグによればそれは間違いだ。これは例えば、10秒ごとにスイッチを押すだけのような単純作業の仕事があった場合に、いくら給与が高くてもモチベーションは生まれないであろうことからも納得できる。
ここまで見てきたように、働き方改革の成功例として取り上げられてきた企業には、働き方改革自体が動機づけ要因と衛生要因の双方を満たしていた。
たとえばSCSKでは、「長時間労働を是正し、心身の健康を保つ。それを含めて社員にとって働きやすくやりがいのある職場や環境を作ることこそが、顧客から評価される高品質なサービスの提供に結びつく」という考えのもとで活動が始まり、はるやまHDでは社員の健康を促進する「健康宣言」の考えのもとで活動が始まっていた。大日本印刷では作業を減らして仕事を増やし、ワクワクを作り出すことを目的として活動が行われた。
このように、働き方改革によって「より働き甲斐のある仕事が与えられる」という特徴があったのである。
これらに加えて、はるやまHDではノー残業手当が衛生要因となり、賞与の査定(給与)が衛生要因ともなるし、評価されること(承認や達成)が動機づけ要因となっていた。SCSKでは、「浮いた残業代を社員に全額返還」(給与)が衛生要因となり、目標管理の中で評価されること(承認や達成)が動機づけ要因となっていた。
また、3社共通していたのが「働き方改革は最初からうまくいったわけではないが、試行錯誤し、やってみたら意外とできた」という点である。働き方改革に関する取り組みの達成感そのものが動機づけ要因となっていた。
モチベーションを上げる要因と下げる要因は別軸
動機づけ衛生要因概要

(出所)Herzberg (1968) の議論を基に筆者作成
人が働くのにモチベーションが必要なのと同様に、働き方改革にもモチベーションが必要である。そのために、働き方改革自体の進め方、社内での位置付けを見直す時期にきているかもしれない。すなわち、「働き方改革の」働き方改革こそが今求められているともいえよう。
働き方改革を行っても衛生要因は脅かされないという安心感と、働き方改革を行うとより自身が成長できる、より面白い仕事ができるという期待感の両輪がそろってはじめて働き方改革に対するモチベーションが生まれるのである。
何のための働き方改革なのか。従業員が自身の問題であることを明確に認識でき、自身のより良い未来に結びつくことが実感できる動機づけ要因もまた必要だ。
謝辞:本稿執筆にあたり、インタビューに応じていただいた、SCSK、はるやまホールディングス、大日本印刷の皆様には心より御礼申し上げます。また、本稿は日本生産性本部経営アカデミー「組織変革とリーダーシップコース Cグループの研究報告書(2017年度)」での研究が下地となっています。Cグループの皆様に感謝の意を表します。
配信元:日本人材ニュース
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