前回に引き続き、すべての働く人がやりがいをもって、活き活きと働くことを楽しみながら、組織の成長も実現させる「ワーク・エンゲイジメント」の理論についてお伝えします。
【前回のコラム】ワーク・エンゲイジメントで活き活きと働く!~仕事と個人の資源が仕事のストレスを減らす
今回は、ワーク・エンゲイジメントの状態にある人が陥りやすい「ワーカホリック」の問題や、長期的にワーク・エンゲイジメントを発揮するために必要な「ジョブ・クラフティング」についてのお話です。また、そもそも「やりがい」とは何なのかについても掘り下げてお伝えします。ぜひ参考にしていただきたいと存じます。
仕事が楽しいと、次第に頭の中が仕事のことでいっぱいになり、やがて自分の健康や家族のことも考えられなくなってしまう。あるいは多少疲れを感じていても、仕事をしていないと不安になって、つい休みも取らずに働き続けてしまう......
その状態は、いわゆるワーカホリックと呼ばれる仕事中毒の状態です。その状態が長く続くと疲労が蓄積し、自身の健康や人間関係に著しい障害をきたします。
一見、ワーク・エンゲイジメントの高い状態にある人も、ワーカホリックに陥っている人も、どちらも同じように仕事に集中した状態に見えます。しかし、エンゲイジしている働き手は仕事の満足度が高く、自ら主体的に仕事に取り組んでいるのに対し、ワーカホリックな働き手はいくら働いても達成感が低く、仕事を"やらされている"と感じる傾向にあります。
■ワーカホリックになりやすい人の特徴と、その回避策 仕事や個人の資源によって、今はストレスを低減できている人も、大量の業務を抱えて疲労がたまっていくと次第に心身のバランスを崩し、ワーカホリックになる可能性は大いにあります。
特に、下記のようなワーカホリックになりやすい人の特徴や傾向を自覚している人は、注意が必要です。
・自分の健康より仕事が大事
・真面目で責任感が強い
・仕事以外に趣味がない
しかし、仕事に没頭するあまり本人はワーカホリックになっていると気づかない可能性があるので、上司がメンバーをよく観察する必要があります。
また、自分の部下に下記のような傾向が見られたら、まずはしっかり休みを取ることを徹底させたうえで、業務を多く抱え過ぎていないかチェックしましょう。
・以前と比べてイライラしている
・ミスが増えた
最近では、在宅勤務で申告した時間以上に「隠れ残業」をしているケースもあります。真面目な人ほど「成果を出さねば」と頑張りすぎてしまうので、昼休みや終業時の前にチャットやオンラインで話しかけるなどして、強制的に切り替えさせるようにします。
それと、ミスを犯さないことに捉われすぎていたり、承認欲求が過剰な人も、ワーカホリックになりがちです。多少の失敗は許される、NOと言っても簡単に崩れない、強固な信頼関係が築き上げられた「心理的安全性の高い職場」をつくることが重要です。
これまで精力的に取り組んでいた仕事も、長年携わっていると次第に飽きてしまったり、成長実感を得られず退屈になってしまうことがあります。この状態が長く続くと、次第に個人の資源がすり減り、ワーク・エンゲイジメントが得られなくなります。
長期的にワーク・エンゲイジメントを発揮していくためには、2つのアイデンティティーが普段の仕事の中で満たされていることが大切です。
・こだわり・やりがいを表現できている自分
・組織に求められる役割期待に応えられる自分
そのための意識の持ちようとして身につけたいのが、「ジョブ・クラフティング」の考え方です。
■ジョブ・クラフティングとは
アメリカ・イェール大学経営大学院のレズネスキー教授とミシガン大学のダットン教授が提唱した理論で、従業員が自身の仕事を主体的に形作るプロセスのことを「ジョブ・クラフティング」といいます。
具体的には、以下3つの視点から仕事のデザインを能動的に変えることで、職人(craft)のように自分が大事にしたい価値観、こだわりを自身でしっかりと認識しながら、やりがいをもって主体的に仕事を進められるようになります。
(1)仕事の捉え方~仕事の意義を広げる どんな仕事であっても、その仕事が存在し現在まで継続しているということは、その背景に、その仕事がなされることにより恩恵を受ける人がいます。裏を返せば、その仕事が失敗することで、困ったり、損害を被ったりする人がいるということです。
自分の仕事が社会や職場の関係者にどんな影響をもたらしているのか、広い視点から捉え直して仕事の意義を広げることで、その仕事に携わる自身の成長や幸福を感じられるようになります。
(2)仕事のやり方~仕事に創意工夫を加える 仕事には、業務上守らなくてはいけないルールやマニュアルがあります。それらの順守は仕事を進めるうえでの大前提です。その一方、仕事の手順や時間の使い方、コミュニケーションの仕方など、自分の裁量で工夫できることもたくさんあります。それによって「生産性が上がった」などのプラスの効果を生み出すことができれば、その行為自体が自信や充実感につながります。
言われたことをただ受け入れ、気が向かないまま実行するより、自分で「もっといいやり方はないか」と考え、必要に応じてやり方を見直し実行する方が仕事の楽しさにつながり、パフォーマンスも向上します。
(3)人との関わり方~周囲との関わり方を見直す 仕事は周囲との関わりなくしては成り立ちません。だからこそ、周囲との関わり方を見直すことには、個人の気持ちの充実度においても、組織全体のパフォーマンスにおいても大きな効果があります。「仕事は一人でするもの」と考えがちだった人は、周囲との関わりを積極的に増やしていきましょう。
例えば、自分の仕事の成果や、お客さまからの声などの「良い情報」をチーム内で分かち合うようにすると、周囲も刺激を受け、チーム全体でいい結果を生み出すことにつながります。
また、休憩時間に他の職場のメンバーに話しかけてみるなど、日頃から広範囲な人間関係を構築できるよう心がけることも大切です。仕事のフィードバックをもらえる相手が多ければ多いほど、より良い仕事のやり方を見つけやすくなります。
働く人は、「やりがいのある仕事をしたい」とよく口にしますが、そもそも人が「やりがい」を感じるのはどんな時でしょうか。
ここではまず、人がやりがいを感じるために必要な5つの条件を考えてみます。
(1)自己効力感 自己効力感とは、「私は達成できる」「私は乗り越えることができる」と自らを信じ、組織・チームに自分が貢献できていると感じる状態を指します。「遂行可能感(task-mastery)」とも言い換えられます。高い自己効力感によって、困難なミッションを命じられても臆することなく、やりがいを持って臨むことができます。
(2)承認欲求の充足
仕事の結果を誰かに認めてもらいたい、という承認欲求は誰にでもあります。その欲求が満たされることで人は大きなやりがいを得られるともに、さらに自己効力感を高めることにつながります。逆に、自分が一生懸命頑張っていると感じても、組織や上司が求める役割期待に応えていなければ評価につながらず、承認欲求は満たされません。
若手、中堅、ベテランといったぞれぞれの階層で求められる役割を理解し、その期待に応えるために必要な知識やスキルを身につけ、実行に移すことが重要です。
(3)肯定的な未来志向
明るくポジティブな未来を予想し、その将来に向けて努力しようとすることをいいます。明確な目標や夢をベースに将来的なプランを思い描き、それに向かって着実に前進している実感を得ることによって、毎日ただ漠然と働くよりもやりがいを感じられるようになります。
従業員が肯定的な未来志向を持つためには、まずは身近な先輩がロールモデルとなって後輩に道を示す必要があります。「あの人にできるのであれば、私にもできる」と実感できるよう、5~10年先のキャリアパスを提示し、モチベーション向上につなげることが大切です。
(4)ストレッチした目標と、自主性を重んじる職場環境
人は、工夫して背伸びすれば届きそうな難易度の目標があることで、達成するための方法を考え、改善を重ねる意欲がわきます。そのためには、一人ひとりの自主性を重んじ、創意工夫が認められる職場環境であることが大前提です。
考えたことを行動に移し、その結果に対するフィードバックを通じて新たな教訓を得ることで主体的に成長できる「経験学習サイクル」が回せるようになると、新たな仕事の楽しさややりがいの発見につながります。
(5)個人をサポートする体制
人は、一人で孤独に走り続けるよりも、誰かの励ましを受けながら頑張る方が力を発揮できるものです。周囲のサポートによって仕事をやり遂げた時ほど、大きな達成感とやりがいを感じることができます。
最近はリモートワークの人が増えたことで、周囲のサポートを感じにくい環境が広がりつつあります。働き方も働く環境も大きく変わるなかで、チームの一体感を改めて醸成し、組織をまとめていく施策づくりが求められます。
仕事のやりがいを感じるためには、個人の心の持ちようだけでなく、上司や職場のメンバーといった「周囲との関係性」が大きなカギを握っていると考えられます。もし、部下や後輩が楽しそうに働いていない様子が見てとれたら、個人の問題ではなく職場全体の問題として捉えることが重要です。
少子高齢化が進む国内において、人材の確保は大きな経営課題の一つです。若い世代の獲得に向けて、これまでの採用戦略を見直す組織も増えています。
なぜなら、1990年後半から2000年代に生まれた「Z世代」と呼ばれる若い人たちは、それより前の世代と比べて、「仕事のやりがい」を重視する傾向が強いと言われているからです。
「辛い仕事を無理して続けるよりも、自分が成長できる仕事に就きたい」
「収入の高さより、社会貢献ができるかどうかで仕事を選びたい」
といった具合に、報酬や処遇といった外的なインセンティブだけでなく、どれだけ「やりがい」を持てるかという内的な動機付けが、若い世代が仕事を選ぶ基準として重要な意味を持つようになっています。
逆に、これまで企業の知名度や規模、属している業界のイメージなどで敬遠されがちだった組織でも、自分にとってのやりがいが見出せる仕事なら、若い世代から選んでもらえるチャンスが増えたと言えます。
つまり、ワーク・エンゲイジメントの実践やジョブ・クラフティングといった個人のやりがいを醸成する施策づくりに真正面から取り組むことが、今後組織が発展を続けていくための重要な戦略となるのではないでしょうか。
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