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【2026年は観光業の転換期!】➀オーバーツーリズム時代の価格戦略。安いニッポンからの脱却

訪日外国人旅行者の回復とともに、日本の観光地には再び多くの人が訪れるようになりました。都市部や人気観光地では、観光客の増加による混雑やトラブルが常態化し、オーバーツーリズムが社会問題として議論されています。

世界を見渡してもこうした問題はよく挙げられますが、日本国内におけるそれを一層助長しているのが、海外の旅行者からよく聞かれる「日本は驚くほど安い国だ」という評価です。

宿泊、飲食、交通、体験サービス。多くの観光サービスは極めて高品質でありながら、欧米の都市と比べると価格が低く抑えられていると言われます。これだけ観光客が増えているにもかかわらず、観光事業者の収益は必ずしも大きく改善していない。この状況を生んでいるのは、日本社会に長く根付いた価格設定の考え方があるからです。

本記事では、日本の観光産業が直面している価格問題を整理し、これからの観光経営に必要なフェア・プライシングの視点について解説します。

インバウンド客数は過去最高を記録、なのにお金が落ちていない

コロナ禍からの完全回復。多くの外国人が日本を訪れている

2025年の訪日外客数は約4,268万人と過去最高を更新しました。前年の3,687万人を大きく上回っています。単月値でも2025年4月に約390.9万人(4月として過去最高)など、多くの月で過去最高を記録しています。訪日需要はコロナ禍から「量」の面では圧倒的に回復・拡大しています。

訪日外国人旅行者数・出国日本人数の推移

▲出典:国土交通省「官公庁訪日外国人旅行者数・出国日本人数の推移」
https://www.mlit.go.jp/kankocho/tokei_hakusyo/shutsunyukokushasu.html(最終アクセス:2026/3/24)

参考:日本政府観光局JNTO「訪日外客統計」
https://www.jnto.go.jp/statistics/data/visitors-statistics/(最終アクセス:2026/3/24)

量はじゅうぶん、では質は?~支出額の単価は増えていない

統計を見ると日本の観光は好調です。しかし次の調査結果では一人当たりの旅行支出額が右肩上がりになっていないことが見てとれます。

年間の旅行消費額・1人当たり旅行支出の推移

▲出典:国土交通省【インバウンド消費動向調査】2025年暦年の調査結果(速報)の概要
5.年間の旅行消費額・1人当たり旅行支出の推移 【図表7】
https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001977992.pdf(最終アクセス:2026/3/24)

ひとことで言うと「儲かっていない」ことがわかります。業界では慢性的なスタッフ不足、オペレーションの限界などの課題が長く議論され、供給量が間に合っていない状況にもかかわらず、市場の原理に反するように消費額が変わらない(=提供価格が上がっていかない)のは、なぜなのでしょう。

為替によって「安い日本」と認識されている

島国として長い年月にわたって独自の文化を築き、他に類を見ないほどの観光コンテンツがある日本。インターネット・SNSの普及や交通インフラの整備等によって、その魅力が世界中に拡散され、実際に行ってみたい!を実行に移しやすくなったことは言うまでもありません。ただ、このことに加えてインバウンド顧客の心を動かす大きな要因に「安さ」があります。

以下の表は日本銀行時系列統計データ検索サイトにて当社が作成した【外国為替市況】ドル・円の相場推移です。グレーの網掛け部分は全世界の経済が冷え込んでいたコロナ禍時期を示しています。

日本銀行時系列統計データ検索サイト

▲出典:日本銀行「時系列統計データ検索サイト」
https://www.stat-search.boj.or.jp/ssi/cgi-bin/famecgi2?cgi=$nme_a000&lstSelection=FM08
期間:2016~2026 変換後期種:暦年 期種変換方法:平均 景気後退期:表示あり東京市場 ドル・円 スポット 17時時点/月中平均(最終アクセス:2026/3/24)

2021年は1ドル109.88円、2023年は140.62円、そして2026年2月16日時点では153.08円と円安が進んでいます。製造業など輸出で稼ぐ業界にとってはこの為替市況は前向きに受け止められますが、単純に、円が弱くなっているという事実があります。「他の国にも行きたいけれどどうにも物価が高い、安い日本に行こう」と考える方も多い、ということです。

高品質なのに安い日本~私たちにとっての普通は圧倒的にレベルが高い

日本のサービスには、世界的に見ても大きな強みがあります。いくつか例を挙げてみましょう。

安全性

女性や子供が夜遅い時間に一人で歩けること、スリやひったくりなどへの警戒心の低さ、落し物が自分の手元に返ってくること等などに驚く方は少なくありません。

清潔さ

ゴミ箱がないのに、道路にゴミが落ちていない。公共のものをキレイに使おうとする意識の高さ。下水道がしっかり整備されていて、バスルームの排水も完璧。蛇口から出る水を直接飲める国は、世界で10カ国ほどしかないといわれます。

接客品質

空気を読む力の高さ、おもてなしの体現、控えめで誰にでも丁寧に接する姿勢など、接客の基本レベルが他国に比べて抜きんでているという評価です。無駄のないオペレーションにも感心する、という声もあります。

豊富な食材と調理法

これまで経験したことがないほど甘く新鮮なフルーツ、規格のそろった美しい野菜、プロフェッショナルの調理人の多さだけでなく、一般の方でも毎日異なる食事をとろうとする食への関心の高さや、飲食店の選択肢の多さ・調理法の豊富さに感動する訪日客は枚挙にいとまがありません。

交通の利便性

1分の狂いもなく乗り入れる電車たち。過密化や天候不順にもかかわらず、高い定時運航率をキープするその運営力は、生真面目で完璧を追求する日本人の精神そのものだ、と感じる方もいらっしゃるようです。

たくさんの「素晴らしき観光コンテンツ」以外の部分でも、こうした要素が海外の旅行者から非常に高く評価されていることは、住んでいる我々にとって気づきにくいものです。ですがこの日本の普通を維持することにもコストはかかっており、その価値がインバウンド顧客向けのサービス価格に十分反映されているとは言い難い状況です。高品質でありながら安いことは、サービスを受ける観光客にとっては大変魅力的ですが、提供者としては決して健全な状況ではないのではないでしょうか。

労働人口の減少によって、日本のビジネスの前提が変わる

「失われた30年」がつくった値下げ回避、現状価格維持にこだわる文化

日本の価格感覚を語るうえで避けて通れないのが、いわゆる失われた30年です。長期的な経済停滞の中で、日本の企業は長く値上げができない環境に置かれてきました。消費者の所得が伸びない状況では、価格を上げれば顧客が離れてしまう可能性があったからです。

多くの企業が取った生き残り戦略は値下げによる競争でした。サービスを改良するよりも価格を下げる。コスト削減で価格を維持する。この考え方は、長い時間をかけて日本のビジネス文化として定着し、観光業界も例外ではありません。旅行商品、宿泊料金、飲食価格など、多くのサービスが長年にわたって低価格のまま、提供されてきました。

競合が変わらず安い価格を維持している、あるいは消費者からのクレームを恐れて価格を上げられなかった食品製造業界や建築建設業界なども、やはりこのままでは経営が立ち行かないと価格転嫁を断行したことよって、ようやくインフレの世界が戻ってきています。観光業界も同様の動きが必要であることは明らかです。

人手不足が観光業界の最大の課題~求めている人材は超高スペック

日本のあらゆる産業が直面している最大の経営課題は人手不足です。少子高齢化が進む日本では、今後さらに労働人口が減少していくことが確実視され、とくに宿泊施設・飲食店・交通事業者や各種観光施設は人材確保が難しくなります。AIには代替できない、「肉体労働を伴う直接サービスの提供者」「多様なインバウンド顧客に寄り添う高度接客スキルの体現者」だからです。

観光サービスの品質を支えているのは、最終的には人です。体力もあり、コミュニケーションのストレス負荷が高い現場を事故なく回す。これは優秀なビジネスパーソンでなければ実践できません。そして少し考えてみれば、このような人材は全業界で求められていることに気づくはずです。今日日そんなハイスペック人材をたくさん確保したいと思うのであれば、「観光関連業を儲かる業界、稼げる職種、魅力ある環境」にしていくよりほかにないでしょう。

いま価格を上げなければ「詰む」~給与が高い仕事に人材が流れるのは必然

需要と供給量に大きな差がある=給与が高い=ならばそこで働いて稼ごうと多くの労働者が思うのは、ごく自然なことです。以下の労働生産性の向上の表に見られるように、企業が成長し、従業員の賃金を維持・向上させるために必要不可欠な取り組みが、宿泊・飲食業では不足していることがわかります。現状ではきついのに稼げない、そんな業界であると認識されてしまっています。

日本の医療・福祉業、卸売・小売業及び宿泊、飲食業の実質労働生産性の上昇率は低水準

▲出典:厚生労働省「令和7年版 労働経済の分析―労働力供給制約の下での持続的な経済成長に向けて(概要)」
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/25/dl/25-2.pdf(最終アクセス:2026/3/24)

コロナ禍では観光事業に携わる組織で、泣く泣く人材を手放さなければならなかった事業所や組織もあるでしょう。しかし近年のように需要が戻ってきたにもかかわらず、人材流出は変わらず続いていて(短期間に流入と流出が起こり定着しないことも含む)、このままでは目の前のサービス品質の低下は免れず、将来の日本の観光競争力そのものが弱まる可能性があります。サービス提供価格が低いままでは、頑張っているメンバーの仕事に見合う給与を払えず、教育投資もできません。

まとめ:フェア・プライシングは観光産業を守る戦略

観光客を増やすだけでは産業は守れない

オーバーツーリズムの議論では、観光客の数に焦点が当たりがちです。しかし本質的な問題は、どのような収益構造で観光を運営するかにあります。観光客が増えても、価格が低ければ利益は伸びません。現場の負担だけが増えていきます。この構造を変えるためには、提供する価値に見合った価格を設定するフェア・プライシングの考え方が必要です。

価格は経営の意思表示である~本組織は何を・誰に・どのように売るのか?

価格は単なる数字ではなく、経営の意思を表す重要な要素です。

  • どのような顧客に来てほしいのか
  • どのような体験を提供したいのか
  • どのようなサービス品質を維持するのか

こうした経営方針は、最終的に価格に表れます。価格を適正に設定することは、観光事業者が自らの価値を社会に示す行為でもあります。

価格戦略は経営者の決断で決まる~現場だけでは変えられないテーマ

価格戦略は、現場の努力だけで実現できるものではありません。サービス内容、顧客ターゲット、ブランド戦略など、事業全体の設計と関わるからです。つまり価格の問題は、経営判断の問題です。観光事業者がどのような価値を提供し、どのような市場で戦うのか。その方向性を定めるのは事業経営者の役割です。

今決断しなければ日本の観光は買いたたかれる

今後も日本が低価格の観光地として認識され続ければ、観光産業は世界市場の中で安いサービス提供国として固定されてしまう可能性があります。それは短期的には集客につながりますが、しかし長期的には観光産業全体の収益力を弱めることになりかねません。観光産業を持続可能な成長産業として育てていくためには、価格を含めたビジネスモデルの転換が必要です。

正当に儲けて人に投資し、品質を守る。これからの観光経営では、観光客の数を増やすだけでなく、提供する価値に見合った価格を設定することが重要です。フェア・プライシングは単なる値上げではなく、観光産業を持続可能な成長産業にするための「負担や不安を将来に先送りにしない」経営戦略です。

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