ナレッジマネジメントとは、組織の業務を最適化するために、ハイパフォーマーの仕事のノウハウ・コツや、組織に必要な情報を整理して、全社に浸透させる段取りや仕組みづくりのことです。
情報社会と言われて久しいですが、全体の情報の量に比して、しっかり加工・整備して「使えるもの」に仕立てられた情報はそれほど多くありません。誰にでも使えるよう整えられたナレッジを組織内に伝達することは、知識・技能ならびに業務効率の向上、属人化の解消、新しい知の創出など、組織力アップに大きく役立ちます。
今回は、どうすれば効果的なナレッジマネジメントを実践できるのか、うまくいかない3つの原因を分析したうえで、その解決策をお伝えします。参考にしていただければ幸いです。
ナレッジの日本語訳は「知識」です。「知」という字を辞書でひくと、物事の本質をしったり、対象を心に感じ取ったりすること、とあります。一方「識」には、情報などを「書き記す」という意味があります。
人が様々な経験を通じて自分の中に蓄積された知見やコツ、ノウハウといったものを言語化し、広く伝えていくべきものとして、信念や目的をもってまとめ上げた情報群こそが、「知識」です。
難易度の高い仕事ほど、そのノウハウやコツを広く共有し、メンバー全員で再現できれば、大幅な業務改善や生産性向上につながるはず、とは誰しも思うところです。しかし、それを可能とするナレッジマネジメントを上手く実践できているという組織はそれほど多くありません。
ここから、組織的なナレッジマネジメントがうまくいかない3つの原因と、その解決策について考えていきたいと思います。
マニュアル化できない仕事の伝え方が分からない
ナレッジマネジメントの話には、「暗黙知」や「形式知」と呼ばれる言葉がよく使われます。「マニュアル化できない仕事」には、このうちの「暗黙知」が多く含まれていると考えられます。
「暗黙知」とは・・・主観的、個人的な知
個人が知識として獲得したものうち、形式化したり他人に伝えたりするのが難しいもの。例えば、具体的なノウハウ、技能、考え方や信念など。
「形式知」とは・・・客観的、組織的な知
言葉や構造をもって説明、表現できるもの。例えば業務により蓄積された知識や技能、経験などを文書化した作業マニュアルなど。
ナレッジマネジメントで目指すのは、暗黙知を形式知化して、誰でも知識を享受できるように標準化することす。しかし、暗黙知は、それを有している本人自身が言語化しづらいと感じている場合が多いものです。特に、臨機応変な対応の仕方など、口頭で説明するのが難しいノウハウやコツを言語化してマニュアル化するのは至難の業です。
このように言語化しにくい暗黙知を伝承するための方法が2つあります。
第三者からのヒアリングによってナレッジを"抽出"する
本人が言語化しづらいと感じているナレッジでも、それなりのパターンがあったり、時系列的に「順列」の性質である場合には、第三者からのヒアリングによってノウハウを抽出できます。
本人は無意識のうちにやっていることも、他の人にしてみれば「そんなやり方があるのか!」と目からウロコのテクニックに思えるかもしれません。何が組織、チームにとって有用な情報なのかを見極め、組織知として見える化するのが第三者によるヒアリングです。
■ヒアリングによるナレッジ抽出のポイント
(1)先に保有者自身がマニュアルを作る
ヒアリングは、ナレッジ保有者の上司であり、その業務の責任者でもある管理職が行います。しかし、聞く側が専門的な知識や技術について詳しくないと、的を射た質問ができません。そこで、本人が一旦マニュアルを作成し、それをお互いに確認しながら、ヒアリングによって補足していくやり方がおすすめです。
(2)「手順」と「判断基準」を見える化する
ヒアリングでは、作成されたマニュアルを見ながら、普段の業務の進め方を丁寧に聞き出します。そして、その手順に沿って業務を進める中で、何らかの判断を要する場面にどのような判断や選択をしているのか、さらに深掘りして聞きます。
「自分だったら、同じような業務の進め方や判断ができるだろうか?」と常に自問自答しながらヒアリングすることで、まだ表に出ていない暗黙知を相手から引き出すことができます。
判断基準を見える化するには、その基準やルールを「ガイドライン」として文章化したり、チェックシートなどの「フレームワーク」にして表現すると、そのコツやポイントが伝わりやすくなります。
「語り」や「体験」によってナレッジを伝える場をつくる
ケースバイケースの判断が求められる高度な営業・接客のテクニックなど、どうやってもマニュアル化できないような暗黙知は、ナレッジ保有者による「語り」や、継承する人自身の「体験」を通して伝えるのが有効です。
新人や若手にベテランのノウハウを広く継承させることが目的であれば、対象となるメンバー全員が参加できる勉強会を実施します。スピーカーとなるベテランがA4用紙2枚程度のレジュメを用意し、感覚やコツなどの暗黙知を直接語ることで、高度な技能・知識を多くの人材に伝えることができます。
特定業務の後継者の育成が目的であれば、とにかく「体験」させることです。ナレッジの保有者と一緒に業務を行い、そのノウハウがどうして役に立つのか、継承者に実感として腹落ちさせることで、言語化できないナレッジが受け継がれます。
資料はあっても必要な情報が探しにくい、更新されておらず使えない
ナレッジマネジメントとは、手順書やマニュアルなどの資料を作りさえすればそれで終わり、ではありません。いつでも必要な人がアクセスできるように整理して保管しておかないと、誰にも活用されず「宝の持ち腐れ」になってしまいます。
また、業務の進め方やフローが変更となったら資料も改訂しなくてはなりませんが、そのまま放置しておくと「あのマニュアルは古いから」と使われなくなり、そのまま長期間放置すればナレッジとして形骸化してしまいます。
そうならないためには、使いやすい資料の形や保管の形式、必要に応じて誰でもメンテナンスしやすいような保管ルールをあらかじめ決めておく必要があります。
紙で保管するか、データ形式で保管するか
現時点で紙の資料があるなら、まずはキャビネットなどの共有スペースに分類して整理し、誰でもすぐに取り出せるようにしておくことが肝要です。個人デスクの引き出しなどにしまっておくのはもってのほかです。
また現在、官民問わず、日本全国でDX(デジタルトランスフォーメーション)が推進されています。DXとは、データとITを活用してイノベーションや劇的な改善を実現することです。紙よりもデータ形式での保管する重要性はますます増えていくでしょう。
資料をデータで管理するためには、イントラネット上の共有サーバに保管する、ナレッジマネジメントシステムを導入する、などの方法があり、紙の状態で保管されたものより業務効率や安全性の面でメリットがあります。
しかし、何のために資料を保管するのか目的が決まっておらず、ナレッジマネジメントをすること自体が目的となってしまうと、高いシステムを導入してもうまくいきません。業務の引継ぎ、後進の育成、プロジェクトの管理など、目的に合わせて使いやすい資料の形を考えることが先決です。
そして、紙にしてもデータ形式にしても、ナレッジを最適な状態で保管するためには、ナレッジに関わる全員が同じルールに従い保管・更新をすることが重要です。
■決めておくべき保管ルール
◆完成した資料は原則共有化する
業務と同様に資料も属人化しがち。仕掛り期間を終え、ドキュメントとして完成した資料は、速やかに「職場」の管理下に移す。
◆余計なものは共有化しない
仕掛り中の未完成な資料や、すでに保管されている資料のコピーなどを不用意に保管資料の中に混入しない。
◆使い手をイメージしてフォルダを作る
既存の分類にない新たな資料を保管する場合は、使い手の目線でどんな分類になっていたら探しやすいかを考えてフォルダを作る(業務別/部署別/アイウエオ順など)。
◆閲覧権限を決める
「共有化が原則」とはいえ、資料は誰にでも見られていいものばかりではない。部署や階層など使用対象者の属性を想定し、置き場所や鍵付き・鍵なしを選定する(データ形式の場合も閲覧に必要なパスワードの設定をする)。
◆常に最新版を管理する
誤字・脱字などの小さな修正は後でまとめて行ってもよいが、手順やフローそのものが変更されたら、すぐに資料の改定を行う。改訂を加えたら、改訂年月日、改定の主なポイントを巻末に載せておく。
個人が持つ仕事のノウハウ・コツを全社に共有する文化がない
組織の問題としてよく聞かれるのは、ナレッジ共有の重要性が全社的に認知されていない、ということです。個人の力がどれだけ優れていても、一人でできることには限界があります。より大きな成果を上げるためには、個人のナレッジを共有してチーム力の強化につなげることが欠かせません。
ナレッジマネジメントの意識を組織全体に浸透させるには、個人の成績だけでなく、チームとしての成果が注目される組織にすることがポイントです。そして、知識伝承の実践によって業績をあげ、企業価値向上に貢献した個人やチームを報奨する制度をつくるなどすれば、ナレッジを共有しようという意識がさらに高まります。
しかし、個人の問題として、ベテランが自分の優位性を保つためにノウハウを公開したがらない、そもそも忙しすぎてドキュメントを作成する時間がない、ということがあります。忙しすぎて時間がない人は、別途タイムマネジメントや業務改善に取り組まなくてはなりませんが、ノウハウを公開したがらない人にはちょっとした"意識改革"が必要です。
成長を続けられるのは"属人化した業務を手放し、ナレッジを共有できる人"
世の中の変化のスピードが速いVUCA時代は、かつて旬だった知識や情報もすぐに陳腐化します。ひとつのやり方に固執せず、常に新しいアイデアを創出できる力が求められますが、0から1を生み出し続けるのは容易ではありません。
そこで注目されるのが「共有ナレッジの活用」です。一人で0から1を生み出すよりも、お互いが持つノウハウを公開しあい、違った視点を取り入れることで1の価値を広げていく方が、新たなアイデアがラクに見つかります。また、業務を誰でも行える状態にして、自分は新しい業務にチャレンジする方が、環境変化で今の業務がなくなってしまうリスクにも備えることができます。
このように、属人化した業務を手放し、共有ナレッジを活用するメリットを個人レベルで浸透させることが大切です。
ひとつの業務に存在するナレッジを集め、広く共有することで改善された業務から、また新たなナレッジが生まれます。組織の中で広く共有していくことで、ナレッジはさらなる変化を遂げます。
常に変化するナレッジをいつでも使えるような状態に整え、「生きたナレッジ」を全員で共有できる仕組みをつくることが、変化の激しい時代において組織が成長を続けるためのカギとなります。ナレッジマネジメントを実践し、競合他社に対する差別化の武器となる「組織の知」を積み上げ、組織力アップにつなげていきましょう!
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