
[聞き手]
「日本企業全体として長期間にわたって収益力が低迷している」。この点が日本の大きな課題と指摘されますが、安藤さんはどうお考えですか?
[安藤]
日本企業の収益力が低迷していることは事実です。日米の大企業を、売上高利益率を用いて比較してみると、日本企業は6割以上が5%未満、他方、米国企業は7割以上が10%以上。彼我の差には実に大きなものがあります。原因は明らかに日本企業が低収益事業を抱え込んでいるからです。
高度成長期に有効であったボトムアップ・終身雇用型の日本の経営が今や機能しないどころか、足を引っ張っている。今、経営者はトップダウンで事業改革を断行し収益力を抜本的に回復させないと、日本はグローバル競争の中で生き残れない。 この危機感が政官財界のリーダー達には厳然と存在します。つまり、社長を始めとした経営陣は、今、正しく"稼ぐ力"の確固たる発揮が問われているのです。
この一環として、日本は国を挙げてコーポレートガバナンス改革に取り組んでいます。経営陣の戦略立案・推進機能を強化するためです。この取り組みは緒に就いたばかりですが、残された時間は限られています。 経営陣は、国際的に見劣りしない収益力を回復させるための実行可能な戦略を早期に見出し、推進しなければなりません。
[聞き手]
このような中で、この度、安藤さんを講師に迎えて経営層研修を開講するわけですが、意気込みをお聞かせください。
[安藤]
この20年間ほど、私は「経営層に求められる資質とは何か」に関心を置いて取り組んで来ました。日本企業に変革が求められるこの時に、経営層研修を開講できることは誠に時宜を得たものと言えます。"稼ぐ力"の発揮が問われる経営陣に共通して必要とされる各種の考え方や依って立つ基準をしっかりと授け、 経営陣の役割発揮をしっかりとサポートしたいと思います。
[聞き手]
本研修の受講対象者は、部長以上の経営層と思っていましたが、"課長層"も立派な対象者であるとお聞きして驚いています。どういうことでしょうか?
[安藤]
良い質問です。逆に私から質問させてください。
「部長まで頑張って活躍された人が、経営層の仲間入りをしたら途端に評価が下がってしまった」という話があります。決して例外的な出来事ではありません。 また、欧米では「ある会社の社長が、別の会社の社長に招かれ、会社の細かいことを知らないにもかかわらず、高い業績を上げている」という事例が数多くあります。この2つの事例から何が言えますか?
[聞き手]
経営者に要求される資質と管理者に要求される資質は別物、ということですか?
[安藤]
そのとおりです。だから、部長まで活躍された人が、経営層の仲間入りをした途端に評価が下がるということが起きるのです。だから、他社出身の社長が別の会社の社長に招かれても高い業績を上げることができるのです。
日本でも、経営者に要求される資質と管理者に要求される資質は別物だ、という認識が定着し始めています。優秀なプロ経営者に会社を任せたい、これが会社の成長条件であるという認識です。
既に、外国人のプロ経営者を社長に据えている会社があります。上場会社に適用されたコーポレートガバナンスコードでは、経営者育成プログラムの策定と運用を促しています。優秀な管理者の延長としての経営者ではなく、真にプロの経営者を時代は求めています。
それでは、いつから経営者教育を始めれば良いのでしょうか。欧米の例に照らしても、課長層から始めるべきでしょう。課長は、管理者に要求される資質と併行して、経営者に要求される資質を折に触れて学ぶ。この相乗効果には計り知れないものがあります。
課長層の方にも是非、
本研修に積極的に参加頂きたいと思います。
[聞き手]
ここで講師に一つ本質的な質問をさせてください。経営者に要求される資質と管理者に要求される資質は別物ということですが、2つがどのように違い、その理由はどこにあるのかを説明頂けませんか?
[安藤]
了解です。経営者に求められる資質は、一言でいえば"事業観"です。経営者は「現事業をどのように評価し、これを将来に向けてどのように位置づけて行くのか」という知見をしっかりと持たなければなりません。 その上で、この知見に基づいて有意な戦略を形成できなければなりません。これが経営者の役割です。
これに対して、管理者に求められる資質とは何でしょう。それはチーム目標を達成する力です。つまり、管理者にはチームを率いてPDCAをしっかりと回して成果を上げる力が必要です。
ここで留意することは、管理者に付与される目標とは、上記戦略に基づいてチームごとに分割され、配分された目標であることです。管理者は"与えられた"目標の達成に集中し、成果を上げることが自らの役割です。
会社は、運営上、両者の役割を必要とします。しかし、経営者の役割が管理者の役割の延長線上にはないことは明らかです。両者は別物です。管理者が業務を通して"事業観"や"戦略形成の術"を学ぶ機会は皆無ではありませんが、僅少です。だから、両者の間は不連続です。正に、分業の成せる業です。
日本の会社がこの問題をクリアーするためには、管理者教育の一環に経営者教育をバランス良く組み入れることが有効と考えます。
[聞き手]
本研修の最重点項目は何ですか? 簡潔にご説明いただけませんか?
[安藤]
了解です。重要項目は多岐にわたりますが、本研修では、最初に、上記で説明した経営者に求められる"事業観"の養成と戦略形成を取り上げます。
かつて日本では利益の追求を忌み嫌う時代がありました。しかし、今や、投資家は当たり前のように「ROEは最低でも5%、経営者はこの達成に向けて自らコミットせよ」と要求してきます。これが今の時代です。
考えて見れば、お客様の満足が大きいからこそ、会社の利益は大きくなるのです。利益の追求を忌み嫌う必要は全くありません。お客様の満足に裏打ちされた利益を確保し、拡大していくことは、会社としての当然の使命です。こう考えると投資家の利益とも合致します。
このために経営者はどのように対処すれば良いでしょうか。
ここで質問です。利益を確保し、拡大するために何が必要になりますか?
[聞き手]
PDCAをしっかりと回すことではないでしょうか?
[安藤]
PDCAをしっかりと回すことは確かに重要です。しかし、これは前述のとおり、管理者の仕事です。経営者は、管理者がPDCAをしっかりと回していることを前提にして、これとは違う視点で利益を見なければなりません。
下図のとおり、4点あります。
① マクロ経済の動向
② 事業のライフサイクル
③ 戦略の妥当性
④コンプライアンスの4点です。

"マクロ経済の動向"が利益に多大な影響を及ぼすことは明らかです。中国の高度成長は中国関連の会社の利益を大きく押し上げました。また、2008年のリーマンショックは、多くの会社を赤字に追い込みました。
"事業のライフサイクル"が利益に多大な影響を及ぼすことも明らかです。映像フィルムのデジタル化の急速な進展は、フィルムのアナログ時代の終焉をもたらし、一方である企業を倒産に追い込み、他方で、別の企業を高次元の領域へと成長させました。
"戦略の妥当性" が利益に多大な影響を及ぼすことは言うまでもありません。利益を得るために策定されるものが戦略なのですから。戦略のベースにあるものは「会社が提供する価値>お客様が求める価値」の不等式を満たすことです。経営者は、この不等式を満たすことを中核に置きつつ、上記①や②を踏まえて、利益を安定的に確保し、成長させるための戦略を策定しなければなりません。
最後に"コンプライアンス"ですが、この欠如が命取りになることは多くの事例が証明しています。経営者は、内部統制システムの構築と適切な運営をしっかりと確保しなければなりません。
以上の4点が経営者の"事業観"のベースにあるものです。講義の中では、この点を詳しく説明すると共に、有効な戦略を如何にして導くのかを具体的に説明します。
[聞き手]
経営者の役割に興味が湧いてきました。確かに、管理者の役割だけに没頭して長い時間を過ごしてしまうと経営者の思考に転換できなくなる気がします。是非、講義に参加させてください。
この他、どのようなテーマについてお話いただけるのでしょうか ?
[安藤]
内部統制システムの構築方法、時代の要請であるモニタリング型コーポレートガバナンスへの取り組み、会社法の要請と対応、危機対応の方法、戦略遂行上の留意点などを取り上げます。以上で経営者に求められる資質に関するテーマは概ねカバーできると思います。
最後に一言付加させてください。
会社は百社百様です。他社事例が自分の会社に適用できることなど決してあり得ません。大切なことは、学んだ経営者視点を自らしっかりと保持し、これらに照らして自社の安定的な利益の確保とその拡大に自ら答えを出し実践することです。この点をしっかりと肝に銘じてください。

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