社員全員が育て手となる組織へ~互酬性・インシビリティ・人事の役割を再考する
![]()
「部下育成は管理職だけの仕事」と考えていませんか。実際には、部下自身が育て手になり得る組織風土をつくり、さらに社員全員が互いに学び合う仕組みを整えることが、変化の速い時代の人材育成では重要です。
本記事では、まず「互酬性の規範(ごしゅうせいのきはん)」と「インシビリティ(無礼・無配慮行為)」という2つのキーワードを軸に、社員一人ひとりが育て手・育てられ手の両方となる組織をつくるための具体的なステップを提示します。
人事部門が果たすべき役割と、部下が管理職を育てる視点まで掘り下げます。
1. 互酬性の規範が育成文化を変える
互酬性の規範の意味
「互酬性の規範」とは、人が他者から受けた恩恵を将来返そうとする社会的期待を指します。 組織においては「誰かが助けてくれたら、いずれ自分も助ける」という信頼の循環が生まれている状態です。たとえば、困ったときに周囲が相談に乗ってくれる/私も同じように手を差し伸べたいと思える雰囲気です。
このような相互支援の文化が育つと、特定の役職者だけでなく、社員全員が育成に携わろうとする風土が醸成されます。学術研究でも、業務経験を通した能力向上と互酬性の規範・信頼・ネットワーク(=社会関係資本)との関係が確認されています。
組織で高めるためのポイント~共有の関係づくり、多層な人間関係、助け合いの可視化
互酬性の規範を高めるためには、以下のようなポイントがあります。
- 支援を「与える/受ける」だけでなく、共有し合う関係を構築する。
例えば、知見を教えた後に「次は君の視点で、こういう支援があるとより進めやすいと感じるところがないか考えてみよう」と促す。 - 上司・先輩・同期・部下といった多層の人間関係で、業務支援・内省支援・精神支援が交わされていること。
上司が振り返りを手助けしたり、同僚が業務を支えたりすることは、互酬性の規範と深く関連しています。 - 日常の中で「助け合い」を可視化し、支援された側が「次は私が支援を返そう」という気持ちを自然に抱ける仕組み。
「ありがとう、助かったよ」という感謝・承認の声掛けがいつも聞こえるチームにしていくことが重要です。 - 評価制度・報酬制度・育成制度を一方向から双方向・多方向へシフト。
例えば、部下が教えた内容を先輩と共有したり、部下同士で振り返り・支援しあったりする機会を設けます。360度評価を導入することも有効です。
このように、互酬性の規範が組織内に根づけば、「社員全員で育てる」という文化が育ち、育成効率も向上します。
2. インシビリティを放置しない組織づくり~気づかぬ無礼が育成を妨げる
「インシビリティ(Incivility)」の意味と影響
「インシビリティ(Incivility)」とは、意図が明確ではないものの、礼儀・尊重を欠いた言動を指します。 例えば、「話を途中で遮る」「挨拶に返事がない」「軽んじた態度で接する」などが該当します。これらは、いわゆるハラスメントほど明確ではないため、見落とされやすく、放置されることで職場の信頼関係を損ない、育成の機会を減らす原因になります。
人材育成において、教えたい・学びたいという気持ちがあっても、相手から失礼な態度をとられると、部下も先輩もその関係性を信頼できず、支援関係・学び合う関係が壊れてしまいます。
出典:インシビリティとは|1歩手前で自分で気づける、ハラスメント防止の新たなキーワード~リスクと具体例を考える(最終アクセス:2025/11/25)
日常に潜むインシビリティとその抑制策
以下はインシビリティの典型的な行動とその抑制策です。
行動例:
- 会議中スマホをいじる、髪の毛や服を頻繁に触って集中しない、何かを食べながら聞く
- 質問に対し「そんなこともわからないの?」という態度をとる
- 挨拶を返さない など
抑制策:
- 配慮や共感に関する教育や気づきの場を定期的に設ける。
例えば、無自覚な態度をチェックリストで振り返る研修が効果的です。 - フィードバック文化を育てる。
「悪いこと」として禁止だけするのではなく良い配慮・尊重の言動が見える化され、称賛される仕組みを作ります。 - 信頼・心理的安全性を高める。
インシビリティが少ない職場では、意見が言いやすく、育成関係も生まれやすくなります。 - 細かい行動を放置せず、状況を共有・改善する。
無配慮な言動が文化として定着しないよう、日常のコミュニケーションの在り方を定期的に点検します。
このように、互酬性の規範を支える基盤として、インシビリティの抑制も同時並行で進めることが、育成文化を持続可能にするといえます。
3. 社員全員で育てるしくみを設計する
部下も管理職を育てる存在であるという視点
人材教育について、従来は「管理職が部下を育てる」という、役職が上の方から下の方に向かって一方向になされることが主流でした。しかし、現代のように変化の速い時代には、部下自身が育成プロセスに関与することで、学びのスピードと広がりが増します。ここでポイントとなるのが以下の視点です。
- 部下が自分より経験の浅い社員に横で教えるペア支援やメンター、バディ制度を設ける。
これにより、部下自身も教えるために振り返り・整理するため、成長機会を得られます。 - 管理職を育てる要素として、部下からの視点やフィードバックを取り入れる。
例えば部下が「この上司はこうして欲しい」と思う点を匿名で集め、管理職自身の育成プログラムに反映します。 - 上司・部下・横並びの関係を育成ネットワークとして活用する。
特定の一人が対象の一人を育てる「1対1教育」ではなく、みんなが育て、みんなが育てられるという「N対N教育」環境を意図的につくります。 - 若手社員から知識やスキルを学ぶ機会を作る。
DX推進や生成AI活用による業務改善などは、若い世代のメンバーの方が得意であることも少なくありません。若手から学ぶという機会の創出も大切です。
互酬性の規範を生かしつつ、社員全員が育成に関与する状態をつくります。
人事部として取り組むべき仕組み~現状把握から支援ルールの策定、自走まで
人事部門が中心となって、上記の文化・仕組みをデザイン・運営することが重要です。具体的には以下のようなステップが効果的です。
STEP1.現状把握・課題の抽出。育成支援の実践状況、互酬性や支援文化の度合い、インシビリティの頻度を調査
STEP2.教育設計。全社員対象の支援ルール、部下が支援者になるバディ制度、管理職育成として部下フィードバック活用などを設計し導入
STEP3.研修・ワークショップの実施。互酬性を理解し促すワークショップ(他者支援・内省支援をどう実践するか)
STEP4.インシビリティを可視化・防止する教育(無配慮な行動パターンへの気づき、配慮言動の実践)
STEP5.支援関係の見える化と承認。例えば、支援された側が「教えてもらった」「助けてもらった」と記録・共有できる仕組みを作る。そして、その支援実績を社員表彰やキャリア評価にリンクさせる
STEP6.振り返りと改善サイクル。半年ごとに「支援文化/インシビリティの発生/育成実践」のデータを振り返り、仕組みを改善。社員の声を収集し、現場に即した運用に
STEP7.部下が育て手になるための支援
- バディやメンター制度を整備し、部下が教える経験を積めるようにする
- 管理職育成に部下からの視点を取り入れる仕組みを構築
- 自己成長と他者成長を結びつけるKPIや目標を設ける(例:部下の育成支援を自らの目標項目に加える)
360度評価アセスメント
多面評価を人材育成に昇華させたアセスメントサービスです。評価を受ける被評価者は、自己評価と他者評価を比較することで、自分では気づいていなかった強みや改善点を知り、自ら行動変容を起こせます。
設問数45問~、評価者お一人あたり15分ほどの回答時間で対象者を他者評価いただきます。
設問例ご紹介
- 【方針・目標設定力】仕事の方針や目的を理解し、進むべき方向性を明確にしている
- 【調整力】他部署・関連部門と利害が対立しても、粘り強く折衝・説得し、協力や支援を仰いでいる
- 【部下指導・育成】仕事の指示・役割分担が明確で、意味(なぜその仕事をするのか)を伝えている
- 【模範となる行動】職場で定められたルールや約束事を遵守し、嘘をつかず、自ら率先垂範している
- 【セルフコントロール】相手の意見に耳を傾け、異なる意見も素直に受け入れ、共感できる姿勢がある
セットでおすすめの研修・サービス
教育体系・研修体系見直しサービス
「どんな人材も自身の特性を生かして輝くことができ、長く組織に貢献できるような道をつくること」これがまさに、いま人事部や教育企画に非常に強く求められています。
ここに互酬性の規範をビッグテーマとして織り込むことももちろん可能です。専任コンサルタントが現状をヒアリングし、貴組織にフィットする教育体系を構築します。
- 現場が納得できる教育体系を実現するには~受講者でもある従業員の声を反映
- 各社(職場)ごとの人材要件や能力要件をふまえた成果物を納品
- 体系構築から具体的な教育手段まで一気通貫でご提案
年上部下のマネジメント研修~承認力が未来を創る
若い管理職の悩みに多いのが、年上部下のマネジメントです。経験豊富な相手をどのように導き、チームに貢献してもらうか、その答えとなるのが「承認力」です。
本研修は、単なるフィードバックの仕方やコミュニケーションスキルの習得にとどまらず、信頼関係の築き方や部下の力を引き出すためのコツを学びます。





