異動内示で離職を防ぐ〜「ストーリー」と「論理」を使い分ける人事戦略

異動の内示をどのように伝えるか。これは、社員のキャリア形成だけでなく、離職率にも直結する重要なテーマです。
人事異動そのものは組織運営上の自然な動きですが、社員にとっては大きな転機であり、時に「なぜ自分なのか」「評価が下がったのでは」といった不安を生みます。人事部門がどれほど公正に判断したとしても、伝え方を誤るだけで「納得感のない異動」と受け取られることがあります。だからこそ、異動内示は単なる通達ではなく、「社員が次のステップに前向きに踏み出すためのコミュニケーション」と捉えることが大切です。
本記事では、異動を伝える際に有効な「ストーリーで語る」と「論理で語る」という2つのアプローチについて、その違いと使い分けのポイントを具体的に紹介します。また、離職を防ぐために人事部が取るべき戦略や、異動元・異動先の上司に求められる教育のあり方もあわせて解説します。
ストーリーで語るべき相手は「感情に共感して納得する人」
異動の内示を受ける社員の中には、感情的な納得を重視するタイプがいます。彼らは理屈よりも「自分がどう扱われているか」「この異動が自分にとって意味のあることか」という点に敏感です。このタイプには、異動の背景をストーリーとして語ることが効果的です。
ストーリーで語るとは、これまで・今・これからをつなげて、本人の成長の道筋を描き出すことです。たとえば、次のように伝えます。「これまで営業現場で培ったお客様理解の力を、今後は商品企画の立場で活かしてほしい。あなたの強みが、組織全体の価値を高めるはずだ。」このような伝え方をすることで、社員は異動を「成長の物語の一部」として理解できます。単に命じられた異動ではなく、自分のキャリアの続きとして受け止められるのです。
ストーリーで語る際のポイント
- 過去を肯定的に振り返る
まずは、これまでの貢献を具体的に認めることが大切です。「これまでの努力を見てきた」「あなたの力がこの部署を支えてきた」などの言葉が、信頼関係を深めます。 - 今の課題と次のステップをつなげる
単なる配置転換ではなく、この経験が今後どう活きるかを明確に示します。
例:「お客さま対応で磨いた傾聴力を、今度は後輩育成に活かしてほしい」 - 将来のビジョンを提示する
新しい環境で努力すればどんな成長が期待できるかを伝えて、モチベーションを高めます。
感情重視タイプを見分けるサイン
- 異動に対して最初に「不安」「寂しい」と感情を表す
- 「この異動は自分にとって何の意味があるのか」と問う
- 人間関係や職場の雰囲気に強い関心を持つ
このタイプの社員は、「あなたの努力を見ている」「あなたに期待している」というメッセージが響きやすいことが多いです。ロジックではなく、物語としての説得力が鍵になります。
論理で語るべき相手は「根拠と合理性で納得する人」
一方で、理屈や目的を重視するメンバーもいます。彼らは感情よりも、「なぜ自分が」「なぜ今」「どんな成果を期待されているのか」といった合理的な理由を求めます。こうしたタイプには、論理的な説明が最も効果的です。このタイプに対して感情的なメッセージだけを伝えると、「結局、自分でなければならない根拠がない」と感じてしまい、納得を得にくくなります。人事や上司が意識すべきは、データや目的、基準を明示することです。
論理で語る際のポイント
- 組織全体の目的から説明を始める
例:「今期は新規顧客開拓に重点を置いており、そのために営業部門の再編をしている」
組織の方向性を明示したうえで個人の異動理由を説明すると納得されやすくなります。 - 人選の基準を明確にする
例:「異動対象者は、○○のプロジェクト経験者や、複数部署で成果を出してきた方を中心に選定している」
基準を伝えることで、「自分だけが特別扱いされたのではない」と理解してもらえます。 - 成果につながる道筋を示す
例:「この部署でリーダー経験を積むことで、次の評価ランクに必要な条件が満たされる」
異動の目的と社員のキャリアを結びつけることがポイントです。
論理重視タイプを見分けるサイン
- 異動理由を数字やデータで確認したがる
- 「目的は何ですか」「評価はどうなりますか」と質問する
- 自分のキャリアプランを明確に描いている
このタイプには、根拠・成果・目標を明確に伝えることで信頼を得られます。逆に、あいまいな説明をすると一気に不信感が高まるため注意が必要です。
ストーリーと論理のバランスが納得感を生む
多くの社員は、ストーリーと論理のどちらか一方だけで納得するわけではありません。重要なのは、どちらを軸に据え、どちらを補助的に使うかを見極めることです。
たとえば、感情重視タイプにはまずストーリーで伝えたうえで、実際の配置方針や評価制度などを論理的に補足します。逆に、論理重視タイプには合理的な説明をした後で、この経験があなたの強みをさらに伸ばすというストーリーを加えると効果的です。
つまり、「ストーリーで心を動かし、論理で納得させる」または「論理で理解させ、ストーリーで前向きにする」という順序を柔軟に使い分けることが、人事担当者や上司に求められるスキルです。
異動の伝え方が離職防止の鍵になる
異動内示の伝え方は、離職防止の観点からも極めて重要です。納得感を持って異動を受け入れた社員は、新しい環境でも主体的に動けますが、納得できなかった社員は「転職」という選択肢を現実的に考え始めます。
人事部門ができることは、異動を単なる命令ではなく、「キャリア支援の一環」として位置づけることです。そのためには、以下のような体制づくりが効果的です。
- 内示前にキャリア面談を実施し、本人の志向を把握しておく
- 内示後には不安を聞くフォロー面談を行い、サポートを約束する
- 異動先での適応支援(メンター制度や定期チェック)を設ける
異動を会社の都合ではなく本人の成長機会として説明できる組織ほど、離職率は低下します。
異動元・異動先の上司教育が組織の安定を左右する
異動を成功させる鍵は、異動元と異動先の上司の対応力にもあります。
異動元の上司は、最後の面談で「これまでの貢献への感謝」と「次への期待」を言葉で伝えることが重要です。一方、異動先の上司は、受け入れ初日から「明確な役割付与」と「心理的安全性の確保」を意識する必要があります。
人事部は両者に対して、以下の教育を体系的に行うと効果的です。
- 異動者へのコミュニケーション研修
目的:異動者の心理を理解し、モチベーションを保つ声かけができるようになる - キャリア面談研修
目的:送り出し面談と受け入れ面談の目的を整理し、前向きな目標設定を支援する - フィードバック研修
目的:異動後の定期評価で、成長を実感できるフィードバックを行うスキルを習得する
上司がこのような対応を身につけることで、人事異動は離職リスクから成長機会へと転換します。
異動内示は「伝え方」で成果が変わる
異動の内示は、どのように伝えるかで社員の心理的反応が大きく変わります。感情を重視する社員にはストーリーで未来を描き、合理性を求める社員には論理で目的を示す。この2つの使い分けができる人事・上司ほど、組織の信頼と定着率を高められます。
さらに、異動後のフォローや上司教育を徹底することで、社員が新しい環境で力を発揮できる土台が整います。異動は「終わり」ではなく、「次の成長の始まり」。その一言をどう伝えるかが、離職防止の最も現実的な戦略です。
キャリアデザイン研修~異動を成長のチャンスと捉える(1日間)
若手社員は、異動やジョブローテーションにより社会人として初めて、大きな仕事の変化に直面します。新たなチャレンジができると思う人や、もっと前の部署で頑張りたかったと思う人など、捉え方は人によって様々です。
本研修では異動などの変化を通じて多面的な視点を獲得することの意義を理解します。次に自分の強み・スキルの整理や仕事のこだわりをまとめ、今の自分を棚卸しします。研修後半では、自組織の様々な仕事を再確認するワークで、今後の自分のキャリアの選択肢を広く捉え直し、自分が何にチャレンジしたいかを具体的に考えます。
よくあるお悩み・ニーズ
- 異動・ジョブローテーションを初めて経験する若手社員が、モチベーションが下がってしまう傾向がある(担当者・上司)
- 若手社員にキャリアを考える機会を設け、帰属意識の醸成につなげたい(担当者・上司)
- 目の前の仕事に懸命に取り組んでいるが今後のキャリアは具体的に考えられていない(受講者)
本研修の目標
- 多面的な視点を身につけることで、自身のスキルアップにつながることを理解する
- 求められる役割を上司・後輩の他者視点と、現在・2年後・5年後の中長期的な視点から考える
- 今までの経験を振り返り、仕事のやりがいを自分の言葉で整理する
- 今後の選択肢を広く捉え、自分が何にチャレンジしたいかを考える
セットでおすすめの研修・サービス
新部署ですぐに活躍するための3ステップ(スライド付き)
転機をプラスに活かすためのマインドチェンジとして2つの理論を学ぶ動画コンテンツです。
トランジションのプロセス、計画された偶然理論をつかんだあと、新部署ですぐに活躍するための3ステップ「職場に慣れる→人間関係の構築→自分の強み・こだわりを発揮して活躍する」を順を追って学びます。
(異動者向け)管理職研修~新天地の困難に打ち克ち、成果を上げるマネジメント手法
本研修は、異動直後の管理職が抱えがちな問題の解決に特化したマネジメント研修です。
管理職が異動をチャンスと捉え、新天地でもうまく活躍できれば、組織全体の活性化につながります。
予想外の異動も前向きにとらえ、力強く歩み出すプラン
仕方がないと頭では分かっていても、これまで取り組んできたことを手放すのは簡単ではありません。
意欲高く新環境でスタートを切るためのマインドセットと、上席者の適切なフォローの仕方をパッケージングしたプランです。自治体・官公庁のほか、金融系組織にも好評をいただいています。
人事制度設計支援サービス
納得できる人事異動と、納得できる評価制度の両方が適切に運用されていることは、従業員の倫理的安全性を高めます。ただ、後者は設定にも見直しにも途方もないリソースを要すもの。
インソースグループの専任コンサルタントが経営層から現場の対象者まで丁寧に人事制度のお悩みをヒアリングし、「理解が得られやすい」制度設計をご支援します。


