
『トランジション(transition)』とは、"移行""変化""過渡期""変わり目"などを表す言葉です。特に人事分野では、"キャリア発達の過程において、組織内で期待される新たな役割への転換期"といった意味合いで用いられています。
春は組織改編や人事異動によって、このようなトランジションを迎える人が多く発生する時期です。異なる職種への配置転換や地方への転勤を突然命じられると、少なからず心理的な負担が発生します。
中には家庭の事情や、「キャリアアップにつながるから」と自ら異動を願い出る人もいるでしょう。その場合でも、環境が変化するうえでの不安やプレッシャーは多少なりともあるのではないでしょうか。
そこで今回は、トランジションをうまく乗り切り、新しい職場でも活躍できるようになるための考え方や行動についてお伝えします。
▶トランジションのプロセス
トランジション理論を提唱した、米国の人材系コンサルタント、ウィリアム・ブリッジズ氏は、トランジションのプロセスを以下のように3つの時期にまとめています。

STEP1「終焉」~何かが終わる時期
トランジションは、これまで慣れ親しんできた活動や人間関係、環境などから引き離され、「何かが終わる」ことから始まります。何かが始まる時には、それまでの自分としっかり「区切りをつける」ことが大切です。
STEP2「中立圏」~混乱や苦悩の時期
「ニュートラルゾーン」とも呼ばれるこの時期は、新しい状況にうまく移行できず、混乱や苦悩を抱えやすいです。
静かな場所で一人になれる時間をできるだけ確保したうえで、日々の出来事を言語化して記録したり、休息したりすることを心がけるのが良いとされています。
過去・現在の自分と、未来の新しい自分との狭間で、時に孤独や空虚感を抱えながらも、自分と向き合うことで、自己を再構築していきます。
STEP3「開始」~新しい始まりの時期
時間的あるいは状況的に新しいことが始まるだけでなく、本人もその新しい状況を受け入れることでトランジションを乗り越えていく時期です。
では、各ステップにおいて具体的にはどのような過ごし方をすればよいのでしょうか。
異動における「終焉」は、これまでの職場や人間関係から離れる時期を指します。
思い残すことがないよう、業務の整理や引継ぎをしっかり行いましょう。
◆業務の引き継ぎ
内示を受けてから実際に異動するまで時間がなく、引継ぎの期間が非常に短くなってしまうケースはよくあります。丁寧なマニュアルを作る余裕はないかもしれませんが、
後任者が困らないよう、できる限りの引継ぎをしたいものです。
担当してきた業務を振り返るのは、自身の成長を実感できる良い機会となります。
また、部下や後輩に引き継ぐという場合、安心して任せられるのはこれまでの指導や関係性が上手くいっていたから、という証明にもなります。
異動前は不要な書類の処分などやらなければならないことも多くて大変ですが、仕事の整理をすることで、心の整理もつけられていくという面もあります。ここでしっかりと区切りをつけましょう。
異動における「中立圏(ニュートラルゾーン)」は、以前の職場を離れ、実際に異動するまでの時期を指します。
特に納得のいかない配置転換の場合、混迷と苦悩のニュートラルゾーンから抜け出すのには時間がかかるかもしれません。
ここで無理に次のステップへ進もうとじたばたせず、「虚しさを感じる自分」を受容することが、トランジションを乗り越えるためには非常に重要だと考えられています。
しかし、組織人である以上、自分が納得できるまで異動の日を伸ばしてもらうというのは、現実的ではありません。気持ちの区切りをつけて前に進めるようになるために、ここはひとつ「自分に辞令が下った意味」と「異動先でできること」を考えてみてはいかがでしょうか。
◆自分に辞令が下った"意味"~異動者に求められる役割
不本意な配置転換だと、「旧部署において自分は不要な人材だったのか」と思う人もいるかもしれません。
しかし、異動後の職場において、異動者は新しい経験と知識を持った人材として大変重要な存在であり、その事実は不変です。異動者は、その豊富な見識を新しい職場や同僚に還元することで、組織全体を活性化し、パワーを底上げする役割を果たしてほしいと、組織は期待しているのです。
これまでに培ってきた仕事の経験や知識だけでなく、仕事への取り組み姿勢や仕事の進め方、あるいは物事の見方、捉え方など、伝えるべきことはたくさんあります。
自分の見識を惜しみなく伝えていくことで、組織の期待に応えられるのだという自負を持ちましょう。
◆異動先でできること~自分の棚卸
自分の見識を新しい職場や同僚へ還元するためには、これまで培ってきた経験、知識、スキルをすべて洗い出し、可視化することが必要です。
自分の棚卸項目の例
・特性(性格・特徴)
・職業経験
・能力・スキル
・人間関係
・強み・弱み など
自分にできることを振り返ることで、新しい仕事に対して自分なりにどう取り組んでいけば良いのかをイメージしやすくなります。一見関係なさそうな経験も、可視化して検討することで意外な活かし方が見つかれば、異動後のモチベーションアップにつながります。
【自分の活かし方の例】
・事務職で培った、社内で立場や利害の異なる各位との調整スキルを活かし、営業職でも顧客との合意形成をスムーズに行うことで商談成功!
・営業職で身につけた、目標を数値化して達成する力を活かし、事務職でも進捗度を数値化して管理すれば、目標達成がしやすい!
異動における「開始」は、実際に異動した後の時期を指します。
異動者には、これまでの経験を存分に生かし、即戦力として活躍することが期待されます。
そのためには、必要となる知識や技能を主体的に身につけていこうとする「学ぶ姿勢」や、新しい職場や同僚に溶け込もうとする「馴染む姿勢」が求められます。
◆学ぶ姿勢~必要となる知識や技能を主体的に身につける
新しい職場で働く際に大切なのは、役職や立場は忘れ、新人のような謙虚さ、ひたむきさをもって仕事に取り組むことです。
[1]業務を積極的に振ってもらい、新しい仕事を覚える
新人と違い、異動者は今まで他部署で別業務の経験を多く積んできた社員です。異動先の同僚からすれば、気軽に仕事を頼みにくい面もあります。しかし、それに甘えていては新しい仕事をなかなか覚えられません。余力がある限り、積極的に業務を振って欲しい旨を伝えましょう。
[2]分からないことは素直に聞く
異動先で見ず知らずの、場合によっては年下の同僚に、分からないことを聞くのは抵抗感があるかもしれません。しかし、分からないことは聞かなければ何も始まりません。教えてもらう際は、自分の価値観を一旦留保して素直に聞くことが重要です。
[3]不足するスキルは自主的に勉強を
自分に不足していて、かつ必要になるスキルは、自主的に学びましょう。これを機に、「勉強」にチャレンジすることも楽しいことかもしれません。逆に、新しいことに挑戦せず、これまでのやり方に固執することは、自身の成長に繋がらず、同僚にも負担をかけます。
◆馴染む姿勢~新しい職場や同僚に溶け込もうとする
信頼関係があってこそ、円滑に仕事が進められます。異動先の上司や同僚と普段からコミュニケーションを取り、信頼関係を築いて、職場に溶け込みましょう。
[1]「仕事を依頼されやすい人」になる
「仕事をお願いしづらい人」と思われてしまうと、単純な仕事しか依頼されなくなったり、そもそも仕事を依頼されることが減ってしまったりします。
これでは自分のやる気が低減するだけでなく、異動者に期待していたメンバーにとっても、不幸な状態になりかねません。異動先の上司や同僚とフラットに接して、「仕事を依頼されやすい人」になることを心がけましょう。
[2]コミュニケーションを積極的に取る
異動によってそれまでの職場を離れ、働く環境が変わるということは、立場のしがらみなく、気兼ねなく同僚と接することができるということです。同僚と打ち解け、楽しく仕事をするチャンスと考え、自分から積極的にコミュニケーションを取っていきましょう。
例えば、業務連絡をメールだけで済ませるのではなく、直接声をかけるなど対面によるコミュニケーションを増やすことを心掛けるとよいでしょう。
[3]周囲と同じ視点・観点から物事を見て、考える
異動先の同僚よりもその職場での経験が浅いからといって、「ここまででよい」と仕事の範囲を限定してはいけません。自分も重要な戦力であるという認識で、「どのような貢献ができるか」を常に自問しましょう。
同じ意識・目線で物事を見て、考えて働いていると周囲の同僚に思ってもらうことで、信頼関係が築きやすくなります。
また異動を経験すると、同じ組織でも職場によって「常識」が異なる場合もあることに気づきます。職場ごとに様々な暗黙のルールがあり、それと異なる行動を取ると、軋轢を生む場合もあります。異動とは転職のようなものだと割り切って、配属先の常識に合わせ自らの行動を変えていくことも、時には必要かもしれません。
しかし、異動者には組織全体を活性化し、パワーを底上げする役割を期待されています。改善すべき点に気づいたら上司に積極的に意見具申を行う姿勢を忘れずに持っておきましょう。
組織人として避けて通れない人事異動や職種転換。
元の部署で築き上げたポジションや仕事のノウハウを手放さなければならないのは戸惑いがありますが、新天地に赴くことで人間関係や仕事の幅がグッと広がり、ビジネスパーソンとしての成長につながります。
また、頑張って新しい職場に溶け込もうと思っても、周りの状況がうまくいかず不安になることもあるでしょう。その場合、自分に過度なプレッシャーをかけないこと、焦らないことが大切です。
今回ご紹介したトランジションの過ごし方は、職場で実践いただけるものが多いので、ぜひ、ご参考にしていただければ幸いです。
<関連リンク>
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