近年、ビジネスの分野で「ダイバーシティ&インクルージョン」(D&I)という言葉を耳にする機会が増えてきました。
ダイバーシティとは、性別や年齢、国籍の違い、あるいは障がいの有無といった人材の多様性のことです。一方、インクルージョンとは、直訳すると包摂、包含という意味で、組織の中で認められ、受け入れられている状態のことを指します。
この2つの言葉を合わせた「ダイバーシティ&インクルージョン」は、組織、チーム内の多様な人材がバラバラな状態でチームに“いる”だけの状態から、個人が組織に帰属し、自分の居場所をみつけて、自分らしさを発揮できている状態になることを意味します。
今回は、組織で多様性を活かすD&Iの意義と、職場レベルでD&Iを実現するインクルーシブ・リーダーシップの特徴、さらにインクルージョンを妨げる行為としてのアンコンシャス・バイアスについてお伝えします。
現代は、ビジネスを取り巻く環境が大きく変化し、将来の予測が困難な「VUCA(ブーカ)」と呼ばれる時代です。こうした時代においては、変化が少なく経営が安定的であった時代以上に、多様性のある人材が強みを発揮します。
(1)複雑化したニーズへの対応
みんなが同じものを欲しがっていた、大量生産、大量消費の時代と異なり、現在は消費者のニーズが複雑に枝分かれしています。
こうした多様化したニーズにマッチする商品やサービスを生み出していくためには、作り手にも多様性が求められます。所属する人材が持つ考え方や価値観が多様であればあるほど、様々な顧客のニーズを理解し、それへの対応が可能になります。
(2)求められる革新的アイデア
同質性の高い者同士で議論をしても、意見の相違はあまり生まれません。一方、異なるタイプの者同士で議論をしていると、考え方の違いやものの見方のユニークさが顕著に表れ、常にその違いに刺激を受け合うことになります。
こうした異なる考え方のぶつかり合いの中から革新的なアイデアが生まれ、ひいては新たな商品・サービスの開発へとつなげていくことができます。
(3)同質性がはらむリスクの回避
変化の兆しというものは、皆が一様に気づくものではなく、最初は特定の人のみのアンテナに引っかかって認知されるものです。しかし、同質性の高い組織においては、こうした少数の異論は軽視されやすく、また、同調圧力によってかき消されてしまう可能性もあります。こうした同質性のリスクを回避する上でも、多様な人材を受け入れ、少数意見も自由に発言できる組織風土を持つことが重要になります。
このような背景から、多くの組織がD&Iの戦略を打ち出し、多様な人材に対応した制度づくりに取り組んでいます。
インクルージョンを組織に浸透させるには、組織のトップが確固たる信念をもって取り組むことが必須です。ダイバーシティやインクルージョンを企業理念や組織のミッション、パーパスとして掲げ、実現に向けての環境整備や社内規程の見直し、社員への理念浸透を目的とする教育などを、トップの指示で強力に推進することで、現場の意識を変えていく必要があります。
とはいえ、どれだけトップが旗を振っていても、職場レベルにまでD&Iが浸透しているという企業はどれだけあるでしょう。働き方に制約があったりする多様な人材を受け入れることに抵抗感を示す現場は少なくありません。また、組織の人材の多様性(ダイバーシティ)は実現していても、多様性を活かすインクルージョンまで到達できていないのが現状ではないでしょうか。
職場のインクルージョンを実現するためには、制度を整えるだけでは不十分です。職場のリーダーが自ら多様なメンバーに働きかけるとともに、多様性を活かすチームとしての仕掛けが必要です。
職場単位でのインクルージョンを実現するために、現場リーダー、管理職がメンバーを巻き込んで一体感を生み出したり、多様な個々の強みを活かしてチームの力を高める働きかけのことを「インクルーシブ・リーダーシップ」といいます。
これまでのリーダーシップは、強いカリスマ性でチームを牽引したり、自ら先頭に立ってメンバーを巻き込みながら大きなことを成し遂げる、いわゆる「牽引型リーダーシップ」がイメージされることが多かったですが、強いリーダーが“上意下達”でメンバーを統率するリーダーシップと違い、メンバーと対等な立場でポジティブな影響を与えるのが、「インクルーシブ・リーダーシップ」です。
カリスマ的なリーダーが率いるチームは、統制が取れやすい一方、仕事ができるリーダーに任せておけばよいという「他人事」意識が蔓延し、停滞しがちです。しかし、インクルーシブ・リーダーシップを発揮するリーダーがいるチームでは、メンバーの特性を活かしながらのびのびと活躍することが奨励されるので、「(自分を含めた)みんなで頑張る」という意識が醸成されます。
VUCA時代においては、一人のリーダーが判断し、指示を与えるピラミッド型の組織より、全てのメンバーが現場で主体的に判断し、即行動するフラット型の組織の方が成果を生み出しやすいといわれています。みんなで頑張ることを目指すインクルーシブ・リーダーシップは、メンバーの主体性を育てると考えられています。
リーダーシップの類型として、圧倒的なパフォーマンスで部下を引っ張る牽引型や、深い洞察力によって高い視座から部下を動かすビジョン型などが知られています。それらのリーダーシップと違い、メンバーにとってはグッと身近で、親しみやすさを感じさせながらも、同時に頼りになる存在としてメンバーに認めてもらえるような働きかけが、インクルーシブ・リーダーシップの特徴です。
(1)開放性:親しみやすく、ざっくばらん
(2)近接性:メンバーとの距離が近い
(3)有用性:メンバーの“役に立つ”
これら3つの特徴は、間違いや非難を恐れずに本音を言える心理的安全性の高い職場づくりにつながります。メンバーは、このようなリーダーシップを発揮するリーダーがそばにいることで、安心して自己開示ができるようになり、他のメンバーとの相互理解が進みます。
インクルーシブ・リーダーシップの具体的な中身を見ていく前に、リーダーがやってはいけないこと、インクルージョンを妨げることの代表格として、アンコンシャス・バイアスの話をしたいと思います。
アンコンシャス・バイアス(Unconscious Bias)とは、「無意識の思い込み」「自身で気づいていない偏ったものの見方」のことです。
Unconscious=無意識の、自覚のない、知らず知らずの
Bias=先入観、偏見、ひいき目、考え方に偏りを生じさせるもの
人は誰もがアンコンシャス・バイアスを持って生活をしています。それは決して悪いことではありません。なぜなら、自らの経験から、または膨大な情報の中から、「それは、つまり、きっと、こういうことだろう」と予測や仮説を立て、行動を導き出すこと(これをヒューリスティックといいます)は合理的かつ効率的なことだからです。
しかし時に、この無意識な考え方が、誰かにとって不利になること、良くない影響を及ぼす場合があります。特に、下記のようなアンコンシャス・バイアスは、職場のインクルージョンを阻害する大きな要因となります。中でも、幼少期の躾や教えによって深層心理に深く刷り込まれたバイアスは自分で気づくのが難しいため、まず知識として知っておく必要があります。
a.ジェンダー(※)におけるバイアス
(※ジェンダー=社会的・文化的な性差)
b.年功序列・上下関係におけるバイアス
c.ダイバーシティ推進を妨げるバイアス
d.働き方改革実現を妨げるバイアス
e.社員の相互理解・関係性構築を妨げるバイアス
こうしたアンコンシャス・バイアスを避けるためには、自身の「ものの見方」を変える必要があります。そのための有効な方法は以下の3つです。
(1)自分自身の考えや価値観を疑い、自問自答するクセをつける
【例】あの人はB型なので気が合わない
という考えについて、だけど、これには「本当かな」?と自問自答する、冷静さと疑う力が必要です
(2)反論を考えて新しいものの見方をする
【例】Aさんは女性だけどリーダーシップがある
という発言に対して、女性にもリーダーシップのある人が多いという
建設的な反論を出し、リーダーに性別は関係ないという新たなものの見方を生み出します。
(3)他者の意見・考えを訊く
【例】「これについてどう思う?」「僕はこう思うよ」
というように他者からの意見を聞くことで、「あ、そうなんだ...!」という気づきも多くあり、ものの見方が変わります。
自分の考え方のクセや無意識の決めつけ・思いこみを自覚することは難しいものです。
しかし、物事を自分のものの見方で直観的に反応せずいったん冷静に受け止め、内省・洞察を加えてみると、それまで見えてこなかった現実や事実が見えてくるようになります。
そして、同じようなシチュエーションが再び訪れた時、これまでとは違う考え方や異なる対応ができるようになります。
もし他のメンバーから、「違った見方もできる」「こんな捉え方もできる」という指摘をもらった際には、その気づきに感謝し、自分の視野を広げましょう。
また、自分がアンコンシャス・バイアスを指摘された際も、自分の誤りを指摘してくれただけで、自分の人格や考え方を批判しているわけではないと謙虚に受け止めることも重要です。
※偏ったものの見方を修正することについては、こちらもご参照ください。
レジリエンスの基本~ものの見方を見える化するABCDE理論
人は皆、違う生き物です。それゆえに、考え方や解釈の仕方が異なるのは当然のことです。しかし、自分と異なる考えを持つ人を受け入れなかったり、自身の解釈の偏りに気づけない人が職場に多いと、どんなに制度だけ整えても、真のインクルージョンは実現できません。
「経営層が変わらないと職場は何も変わらない」
もしリーダー自身が、このように考えているとしたら、それもまたアンコンシャス・バイアスのひとつである可能性があります。まずは、自身が無意識にそう決めつけているだけなのでは?と疑ってみましょう。
リーダーが、多様性を尊重することの意義やメリットをメンバーに発信し、巻き込んでいくことができれば、職場の風土は必ず変わります。
次回は、そのための行動につながるインクルーシブ・リーダーシップの具体的な中身について解説いたします。
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