私は数年前からインソースでライターをしている。主な仕事はお客さまに情報をお届けするメールマガジンの原稿作成だ。文章を書くだけでなく、メール配信ソフト(※1)にデータを登録する「流し込み」という作業までが業務である。
4,5年前はシンプルなメールが主流だったが、最近の技術革新や環境変化のスピードはすさまじく、視覚的にわかりやすく、短時間で流し読みできるようなHTMLメールが主流になってきた。また、お客さまがスマートフォンでメールを受信しても美しく表示されるよう、CSSというプログラミング言語を駆使したソース(※2)を作る必要に迫られていた。
【従来からのHTMLメール 文字中心】
【最近のHTMLメール 画像や段組みを多用している】
その頃の私は、日々メール配信ソフトのコードを書くことに悪戦苦闘していた。書くことが好きでこの仕事に就いたが、文章を考えるだけでなく、求められる形式に装飾できなければならない。今までは先輩が作ってくれた型にコピペ(コピー&ペースト(貼り付け))すれば済んだものが、そうもいかなくなってきた。年齢のせいか、首も肩も慢性的な凝りがひどく、老眼がすすみ、気持ちも後ろ向きになるばかりだった。
この先も長く働き続けられるのか、環境に適応していけるのか不安を感じ、そのせいか、部署の方針転換や改善が行われる度に、「えっまた変わるの?」と変化を前向きに捉えられない自分がいた。
ひな型に貼り付ける方法でHTMLメールを作成していたが、CSSやHTMLの知識が不足していたため、ひな型の表示を壊してしまうことがあった。二段組が縦に一列になったり、中心揃えだったはずが左に寄ってしまったりしても知識が無いため自分で直せない。仕方なく最初からやり直すので時間だけが浪費される悪循環に陥っていた。年齢のせいにはしたくないが、自分の能力不足を痛感し、今まで真面目にやってきた自信も薄れ、頑張る気力が萎えてきていた。
ある日、同年代の同僚に、「メール配信ソフトが使いづらい。何度も保存して確認して、どこを直したのかわからなくなっちゃう。年齢的に限界なのかもしれない。もう辞めようか悩んでるんだ」と愚痴ってみた。すると彼女は「私も得意じゃないけど、コードエディタ(※3)を使うと良いと聞いてからはなんとかやっていますよ」とアドバイスしてくれた。
さっそく教えてもらったアプリを自分のPCにインストールしてみたが、プログラミングなどやったこともなく、ソースコードエディタの使い方がわからない。これでは宝の持ち腐れならぬツールの持ち腐れである......。
その頃、文系しかいない私の部署に、エンジニアのMさんが異動してきた。プログラミングの知識が乏しいメンバーばかりだったので、異動後ほやほやで比較的時間のあったMさんに、コードエディタの使い方について勉強会を開いてもらうことになった。 せっかく開いてもらった勉強会だったが、さっぱりわからず、便利なショートカット(※4)を教えてもらっても、そもそもプログラミングがわかってないのだからピンとこないのだった。
勉強会の後、早速HTMLメールを作ってみた。コードエディタは、左側にソースと呼ばれるプログラミング言語の羅列が表示され、右側に配信イメージが表示される。
ところが、私の画面では右にプレビューが表示されない。あれ???勉強会の画面と違う?
すぐにMさんに電話して質問した。
「あのう......新しくファイルを作ったのに、右側にプレビューが出ないんです。どうしてでしょう?」
「では、作成したファイルの上で右クリックして、名前を変更してください。末尾に『.html』とつけてくれますか?」
なんのことはない。ファイルの名称には拡張子(例:.html .xls .txtなど、ファイルの種類を識別するための文字列)をつけなければいけなかったのだ。
このようにMさんは本当に基本的なことから嫌な顔ひとつせず教えてくれた。
Mさんには何度も質問した。エンジニアのMさんにしたら当たり前すぎて教えるほどのことではなくても、私にとっては本当にありがたかった。Mさんも、こんなことが役に立つのならと喜んでくれた。
Mさんのおかげでコードエディタを使えるようになったので、ひな型を活用して業務を進めることができた。できるようになると工夫したくなるのが人情というものだ。
そのうち、章と章の間の間隔を広げるにはどうしたらいいんだろう......右にロゴの画像を挿入したいけどどうすればいいかな?というふうに、いろいろと興味がわいてきた。
その頃には、勉強会でMさんが教えてくれたショートカットも難なく使いこなせるようになっていた。しかし、画像のサイズが合わなかったり、文字がレイアウトからはみ出してしまったりと、工夫すればするほど「こんな風にしたい」という表示ができない日もあった。
その頃私の上司になったSさんには、毎日業務の進捗状況を報告していた。
「うまく表示されない」「揃えたいのにそろわない」と嘆く私にSさんは言った。「特訓しましょう」。その言葉通り、Sさんはまとまった時間を取ってくれ、CSSとは何か、メールの構成などを説明してくれた。特訓の後も、毎日終業報告時には表示が崩れた場所を修正することが日課となった。
正直、報告だけすれば
「あとはこちらでやっておきますね」と言ってくれるのではと期待していた。しかしSさんは根気強く解決策を考えてくれた。
「今から言う言葉を検索してみてください」
「今から言う単語をその後ろに入れてみてくれますか?」
画面を共有しながらああだこうだと一緒にソースをいじるうちに、だんだんと何をやっているのか自分にもわかってきた。
やりたかった装飾がうまく表示されると、共に喜んでくれるSさんのおかげで、プログラミングが楽しくなってきた。
年齢のせいで物忘れがひどいので、教えてもらったことはその日のうちに復習した。一晩寝たら忘れてしまう気がしたからだ。 このようにして、少しづつ苦手意識が薄れていき、スピードアップするにはどうしたらいいか、ミスを減らすにはどうすればいいかと、作業効率まで考える余裕が出てきた。気づけば、リスキリングについて文章を書いてみないかと言ってもらえるまでになっていた。
僭越ながら、私のリスキリングが成功したポイントをこっそり教えたいと思う。
思えば、文系出身の私は、プログラミングに対して苦手意識があった。だからこそ、伸びしろがあり達成感を感じられたのだと思う。50歳を過ぎると、なかなか新しいことを習得する機会はなくなり、できて当たり前のことを守るのに必死になる。しかし、何もしなければ体力も能力も衰えていく。若い頃のスキル向上は、もっとデキる自分になるための自己研鑽だったが、今、私がやっているリスキリングは、やれることを減らさない手段なのだ。
技術や環境が変化する限り、進化する分野に合わせたスキルの更新が不可欠だろう。私は同年代の仲間たちにもリスキリングの機会を積極的に探し、挑戦することを勧めたい。
もう辞めようかなと悩んでいた私だが、あの時辞めなくて本当に良かったと思う。気安く愚痴れる同僚、教えたがりの心優しきエンジニア、同じ画面を見ながら隣でプログラムの修正を考えてくれた年若い上司と、周囲の方々に恵まれた。
同僚たちの助けがあったことはもちろんだが、しつこく挑戦したことで自分にも少し自信がついた。最近ではChatGPTを使ってソースの修正にチャレンジしている。また、ライターとして長く働き続けるため、筋トレも始めるなど挑戦の好循環が続いている。この年になっても何かを習得できるとわかったことは大きな変化だった。
やむにやまれず始まった私のリスキリングの冒険はまだ続いている。これからも、新しい技術やツールが出てきたら、それで自分がラクになるならどんどん手を出していきたい。変化も変革も前向きな思いで受け止められそうだ。
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