
怒りによって発生する問題は職場やプライベート空間を問わず、幅広く発生しています。
昔の諺(ことわざ)にも、「堪忍袋の緒が切れる」「逆鱗(げきりん)に触れる」といった激怒を表すものから、「短気は損気」というように怒りに任せて行動することを戒めるものまで、さまざまな諺があるように、怒りの衝動は人間の常であり、またその怒りをどのように収めるかは昔から続く課題と言えます。
現在は、「怒りのマネジメント」というキーワードが話題となっています。職場が怒りに満ちていると、心理的安全性を下げ、部下の意欲低下やメンタル不調を引き起こすので、まずマネージャーが自分の怒りをしっかりと制御し、チームのメンバーに伝染させないことが必要となります。
今回は、「表に出ている怒り」から、「無意識のうちにため込んでいる怒り」まで、様々な怒りを視野に入れて、怒りが発生した際の対処法から、怒りにまかせて失敗した場合の振り返り方法、自分の考えを俯瞰的に捉えて冷静に物事を判断する方法などについてみていきたいと思います。
「怒り」に関して職場で発生する問題の代表格は「パワーハラスメント」(パワハラ)でしょう。パワハラには、「①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであり、③労働者の就業環境が害されるもの」という定義があります。(参考:厚生労働省「パワーハラスメントの定義について」、2018年) https://www.mhlw.go.jp/content/11909500/000366276.pdf(最終アクセス2022年11月25日)
パワハラについては、2022年4月にパワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)ですべての企業・組織で適切な対応が完全義務化されました。また、自社内におけるパワハラのみならず、自社従業員による他社従業員に対する迷惑行為や、他社従業員及び顧客等による自社従業員への迷惑行為についても適応されます。
このように、パワハラを起こさないようにする取り組み、怒りのマネジメントは、法的にもより重要度が増しているスキルとなっています。
怒りのマネジメントを考える上で、まずは、自分がどのような怒りを発するタイプかを知ることが第一歩です。
怒りのタイプ(怒りに関する人の考え方・行動)は大きく3つのパターンに分かれます。
①発散型(爆発型):自身の怒りを人やモノに対して発散すること
これは、自分の周囲に対して最も影響を与えるパターンです。周りに対し、自分の怒りを明らかに表現します。
②陰湿型(受動的攻撃型):相手に怒りを直接的にはぶつけず、遠回しに怒りを表すこと
相手や周囲に対し、直接的・攻撃的な怒りの表し方はしませんが、愚痴や嫌味を言ったり、大きなため息をついたり、間接的に怒りを表します。
③内包型(抱え込み型):相手や周りに怒りを表さず、自身の中だけに留めておくこと
これは、怒りを自分の中に溜め込むパターンです。一見して見ると、周りには影響を与えていないのでよい傾向だと思われがちですが、自分に対してストレスを与えてしまうため、健全な怒りの表し方ではありません。
例えば、「毎回指導をしているのに、部下が同じミスを繰り返し、さらには『これ、やる意味あるんですか』と開き直ったため、自分の中に怒りがこみ上げた際」に、発散型・陰湿型・内包型では反応や行動が違います。

必ずしも一つのパターンだけに当てはまるわけではなく、状況に応じて怒りの表現は変わりますが、おおまかに自分の怒りの傾向を知ることは大切です。みなさまはどのタイプに近いでしょうか。
特に発散型タイプの方は、カッとして相手に対し暴言を吐かないよう、速効性のある沈火テクニックを身につける必要があります。
■怒りへのとっさの対処法
・その場を離れる
・10 数える、5~10秒じっと待つ
・全く関係のない写真を眺める
・呼吸法など緊張を緩めるエクササイズを取り入れる(大きくゆっくり呼吸することで気持ちを落ち着かせる)
・手を水につける、風に当たるなど、五感を使って気をそらす
また、単純な問題として寝不足や空腹が怒りを引き起こすこともあります。自分がどんな時にイライラするのかを把握し、日頃からストレスをためないようしておくことが重要です。
何の前触れもなく、突然「怒り」を感じることはほぼありません。「怒り」として感じる前に、様々な感情が湧いているはずです。それが引き金となり、第二次感情として「怒り」が表れます。
他の人が怒っている姿を見た際、「一体何をそんなに怒っているんだろう」と思うのが通常の反応です。しかし、その人の怒りは、他の様々な要因が積み重なった結果によって噴出していることがほとんどです。
例を挙げてみましょう。
【Aさんのとある不幸な一日】
①通勤電車が遅れた → ②大切な商談に遅刻した → ③遅刻のため商談が失敗 → ④商談が失敗し上司に怒鳴られた → ⑤もう一度商談のチャンスをいただこうと携帯で取引先に電話 → ⑥システム障害のため電話つながらず → ⑦部下のミスが発覚⇒ ⑧怒り爆発
⑦のミスをした部下は、いきなりそんなに怒るかなと感じてしまうと思いますが、Aさんが怒ったのはそれ以前の怒り・イライラが積み重なっています。⑧だけしか見ていない人と、①からの一連を知っている人とでは、Aさんの怒りの捉え方が違うのではないでしょうか。
このように、イライラする状況や様々な他の感情が重なって、「怒り」は第二次感情として表れます。こういった第一次感情に気づくには、振り返りを行うことが効果的です。

■怒ってしまう自分に振り返りを行う
怒らないほうが理想的ではありますが、もし我慢できず、怒ってしまったら、必ずなぜそのような事になったのか振り返りをしましょう。
(1)自分の怒りを記録化する
振り返り方としては、怒ってしまった状況を文字にして客観的に自分を見つめ直すことが効果的です。どのような状況で怒ってしまったのか相手と自分の言動、なぜ怒りが湧いたのか、それまでの経緯も含めた理由・背景などを記録します。
(2)ABCDE理論による振り返り
さらに起こった状況を深掘りして、今回のことを次にどのように改善するかを考える際に、ABCDE理論が効果的です。
■ABCDE理論とは
A(出来事)がそのままC(結果としての感情・行動)につながるのではなく、その間にB(ものの見方、考え方)というフィルターが入り、それを通して感情・行動が生まれる(A+B=C)というものです。 偏った否定的な「B(ものの見方)」が非合理的なものであれば、客観的で肯定的なもの「D(異議、Bに対する合理的な反論)」に変えます。すると、出来事の意味付けが変わり、それによって導き出せる、「C(感情・行動)」とは違う「E(結論)」が生まれます。
こうした、「A(出来事)」に対し、偏った「B(ものの見方)」を持った結果生まれる「C(感情・行動)」と、Bに対する反論としての「D(異議)」によって生まれる「E(結論)」といった思考の過程を客観視できる枠組みをABCDE理論といいます。

例として、部下が会議に遅刻してきたので、Aさんが怒声を発して激怒してしまった事例をABCDE理論で考えてみます。
A(出来事):部下が遅刻してきた
B(ものの見方):思い込み:遅刻するなんてやる気がない
C(感情・行動):怒声を発して厳しく注意をしてしまった
こうなってしまった背景として、Aさんは、新人の頃、会議に遅刻した際に、当時の上司から「やる気があるのか?」と問われ、厳しく叱られた体験が強い印象に残っており、それ以来、「会議に遅刻する=やる気がない」というものの見方をする傾向があります。
この激怒してしまった出来事を振り返って、次回の改善として活かすために、
D(異議):遅刻するほど業務が忙しかった可能性はないか。
E(結論):激怒する前に本人と話をし、遅刻してしまった理由や背景をしっかり聞くべきだった
というように考えると、次には、怒りを感じても、まずは本人の言い分をしっかり聞くことにしようという教訓を得て、次に適正な行動ができるようになります。何か「やってしまったな」と感じた際には、是非、ABCDE理論で振り返りを行ってください。
メタ認知とは、自己の「認知」を認知すること。自身の認知(記憶・思考・認識・行動基準など)を、一歩引いて客観的に知ることをいいます。
本来は、「メタ:高次(meta)」と「認知(cognition)」を合わせて「メタ認知(Metacognition)」と呼ばれる認知心理学用語です。1976年アメリカの心理学者、ジョン・H・フラベルによって定義されました。古くはソクラテスの「我知らざるを知る」の言葉にあるように、自身の認知状態を、不備な点を含め、高次の視点から冷静に把握することから成長が始まる、とするものです。
メタ認知能力が高い人は、「何ができて、何ができていないのか」または「どの程度ならできるのか」といった、自身の弱点や不足部分を、冷静に振り返ることができます。客観的に傾向を分析し、改善して次の行動につなげます。しかし、メタ認知能力が低い人は、異なる意見には耳を傾けず、自身の短所や苦手なことから目を背けるので、成長機会を失いがちです。
メタ認知を怒りのマネジメントに置き換えると、「自分の視点」だけで相手をとらえるのではなく、「自分を超えた」大きな視点から物事と捉え、冷静に判断することが重要となります。

■第三者の視点でとらえて怒りを鎮める
相手(部下)の視点や第三者の視点など、メタ認知を心がけることで自分の視点から解放され、怒りの感情が和らいでいきます。自分は常識だと思っていても、相手にとっては違うかもしれません。
他者の視点で記録を検証すると、そもそもそんなに怒ることだったろうか、と気づきが得られることがあります。そのような意識が身につけば、衝動的な怒りをかなりの確率で防ぐことができ、怒りに対する耐性を鍛えることができます。
今回は怒りについてマイナス面を強調しましたが、怒りは熱量でもあり、時に大きなエネルギーや推進力を生み出す源泉ともなります。しかし、怒りを拠り所とした行動は、その効果が長続きしないだけでなく、バーンアウト(燃えつき症候群)になってしまうリスクもあります。やはり、怒りに任せて何かを行うことは、結果としてウェルビーイング(身体的、精神的、そして社会的に良好ですべてが満たされた状態)にはつながりません。
これまでみてきたように、怒りのマネジメントは、下記3点が特に重要となります。
・衝動的な怒りを出してしまわないように自分をコントロールすること
・怒り過ぎてしまったなと思った時に振り返って、次は同じことをしないようにつなげること
・事象を自分の視点を超えた大きな視点から捉え、冷静に判断する
怒りを制御できず、パワハラを起こしてしまうと、自分にも、相手にも、組織にも大きな負の影響を与えてしまいます。日頃から心身ともに健康であることを心がけ、心に余裕を持ちながら、仕事をしたり、相手と接することが求められます。
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